4SEASONS

  • ON AIR/毎週 月~金曜 07:30~11:00
  • SOUND CREW/中野 耕史(月・火・水)、浜平 恭子(木・金)

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但馬に来んせいな!

  • 但馬に来んせいな! 第13回:竹田城 城下町ホテル ENの中村さん

    このコーナーは但馬で活躍している企業や観光スポットの方たちに、

    但馬の魅力をご紹介していただくコーナーです

     

    第13回目は「竹田城 城下町ホテル EN」のスタッフ

    中村さんにお電話を繋ぎました

     

     

    今回は、ホテルENについて紹介いただきました

    このホテルは竹田城の近くにあって、

    400年の歴史をもつ酒造場をリノベートしたホテルです

     

    この「EN」は、いろんな意味合いがあるんですが、

    一番は「ご縁」の縁ということで、多くの方が、

    こちらで結婚式をあげるそうです

    キスナーさんからも昔友達の結婚式で行った

    というメッセージも寄せられました。

     

    他にも宿泊プランやランチやディナーも

    存分に楽しめるこのホテルEN。

    詳しくはこちらのHPからチェックしてください

     

     

     

  • 但馬に来んせいな 朝来市にやってきました。part2

    但馬に来んせいな!

    毎週、但馬で活躍している企業や観光スポットの方たちに、

    但馬の魅力をご紹介していただくコーナーです

    先週6日(火)に続いて、

    今日6月13日(火)のオンエアも朝来市に行ってきた模様をお届けしました

    今回は日本遺産に選ばれた

    「播但貫く、銀の馬車道 鉱石の道」~資源大国日本の記憶をたどる73kmの轍~」

    のストーリーの中にも組み込まれている

    生野銀山を取材するためにやってきました

    ▲やってまいりました!!!まずは坑道の入り口で

    和田さん、ありがとうございます!!!

    坑道の中はひんやりとしています。

    入口付近は13度くらいですが、もっと中へ進んで行くと温度は安定していきます。

    生野銀山は・・・兵庫県朝来市生野町にある観光施設(現在は)

    昔は室町年間に本格的な採掘が始まり、

    戦国英傑、信長・秀吉・家康の直轄地になるなど、幕府の財政を支えます

    しかし、海外からの安い鉱物の輸入などの影響も受け、

    昭和48年(1973年)に閉山してしまいます。

    その後は「史跡 生野銀山」として多くの観光客、また地元の人などで

    賑わう観光施設になります

    鉱夫の方達の様子がロボットを使って、再現されています。

    基本的に鉱山での仕事は男性多かったですが、

    実際には女性も働いていたということ

    ▲鉱脈がほりだされたのですが、

    産出れる量が少ないであろうという判断の元から、この鉱脈はほったらかしに。。。

    ▲江戸時代に掘られたた穴。

     

    坑道の出口です。

     

    ▲金・銀・すずのすくいどりが出来ます

    生野銀山で開発に携わったフランス人鉱山技師のジャン・フランソワ・コワニエ師の像

     

    朝来市 市長公室総合政策課の和田さん、ありがとうございました!!!

    生野銀山について詳しくは こちら をクリック

  • 但馬に来んせいな 朝来市へ行ってきました

    但馬に来んせいな!

    毎週、但馬で活躍している企業や観光スポットの方たちに、

    但馬の魅力をご紹介していただくコーナーです

     

    6月6日(火)は朝来市に行ってきました!

     

    取材の目的は日本遺産に選ばれた

    「播但貫く、銀の馬車道 鉱石の道」~資源大国日本の記憶をたどる73kmの轍~」

    のストーリーの中にも組み込まれている

    神子畑選鉱場跡(みこばたせんこうじょうあと)

    をリサーチするため

     

     

    まずは、「道の駅 但馬のまほろば」に到着

    こちらでお昼ご飯を食べて(わらじチキン南蛮がオススメ

    朝来市役所へ到着

     

    まず、一番最初に向かったのは神子畑鋳鉄橋」へ

    明治14年本格開坑以後、その鉱石運搬のために道路が必要となり、

    神子畑-生野間16.2Km、幅員3.6mの馬車道(鉱山道路)が建設され、多くの橋が架けられました。

    その内の一つ。

    日本に現存する鉄橋としては一番古い橋になります

     

    その鉄橋を越えて、見えてきたのはパルテノン神殿?のような大きな建造物

    これが神子畑選鉱場跡(みこばたせんこうじょうあと)です。

    明延鉱山(養父市)の選鉱施設として建設された選鉱場の跡地です。

    山を隔て6キロメートル離れた明延鉱山(養父市大屋町)から運ばれてきた

    鉱石をその比重や浮力を利用して亜鉛、銅、錫に選鉱(えりすぐります)。

    当時は東洋一の生産高を誇っていたそうです

    ▲この山の斜面を往復していた1円電車がそのまま展示されています。

    赤、白、黄色の3色にカラーリングされたポップなデザインが特徴

     

     

    山の斜面を活かした巨大な建物がありましたが、現在は一部取り壊されています

    が、産業遺産として、今は注目を集めています。

     

    朝来市役所 総務企画部 総合政策課の和田幸司 さんとパチリ

     

    液体の中に混じる固体粒子を分別するための装置「シックナー」

     

    ▼すぐ隣にあるムーセ旧居。

    ムーセ旧居は、明治4年12月ごろから翌年以降にかけて

    生野鉱山に建設されたであろう五棟の外国人宿舎のひとつ。

    そのうちの一番館(二階建て)と二番館(平屋建て)は、

    生野鉱山から少し離れた白口にあったものである。

    後に神子畑に移築されたのが二番館であり、現在のムーセ旧居。

    鉱山開発に携わったフランス人技師たちのうち、

    ムーセやコワニエたち幹部妻帯者の居住宿舎として使用されていたとのこと。

     

    このムーセ旧居は神子畑地区が鉱山都市として栄えていた時代を写した写真など

    当時の資料が展示されています。 (土曜日、日曜日、祝日のみオープン。入館は無料。)

     

    残念ながら、取材当日はお休みでした

    羽渕鋳鉄橋(はぶちちゅうてっきょう)

    明治20年に神子畑鋳鉄橋と同時にかけられた鉄橋。

    明治22年に洪水のため、流されたこともあって、その時に修復されました。

    平成2年9月の19号台風の災害による田路川全面改修によって、

    川幅が拡幅されたため、平成7年6月に鉱山道路から遠くない

    現在の場所に当初架橋時の姿に復元、移築されました

     

    詳しい情報は こちら をクリック!

     

     

  • 但馬に来んせいな! 第9回:湯村温泉の区長 角田さん

    先月からスタートした新コーナー「但馬に来んせいな!」

    毎週、但馬で活躍している企業や観光スポットの方たちに、

    但馬の魅力をご紹介していただくコーナーです

     

    第9回目は、湯村温泉の区長

    角田さんにお電話を繋ぎました

     

     

    今回は、6月4日(日)に開催される

    湯村温泉まつりを紹介いただきました

     

    このイベントは、湯村温泉を開いたとされる慈覚大師をしのび、

    旧暦の端午の節句に行われる伝統行事です

     

    メインは、直径およそ50cm、長さ100mの綱を使った「菖蒲大綱引き」

    綱引きで使う綱は、地元に住む人たちの手で編んで作られるんですが、

    なんと、一本あたり4トンくらいの重さでそれを100人で引くそうです

     

    そのほか、魅力ある「湯村温泉温泉まつり」の詳しい情報は、

    湯村温泉」と検索するとホームページがヒットしますので、

    そちらからチェックしてみてくださいね