10話(1996年6月7日 ON AIR)

「女、棄てるなよ」

作・桐口 ゆずる
ふたりの自宅で
風呂上がりの妻が、姿見の前でボディービルまがいの
ポーズをとっている。
ん…あれ…ん…
湯冷めすんぞ。
分かってるけど…ありゃ…
オマエな、風呂上がりに鏡の前でボディービルすんなよ。
分からへん?
なにが?。
ほら、力瘤。触ってみて。
なに、…あ。
な。
固いやん。どないしてん。
たったひと月でこんななるんやね。
そうか。やっばり肉体労働がきいてんねんな。
一日中、重いもんばっかり運んでるから
もう、身体中バキバキやわ。
藁の束とか、でかいんやろ。
きっと50キロか60キロあるわ。
それでも楽しいか、馬の世話。
楽しんでる余裕はありません。
新米厩務員は、餌運んで、水換えて、古いおが屑、
新しいのにいれかえて、必死のパッチです。
馬は遠慮せんやろ。
馬糞ボタボタ。おしっこは滝みたい。
馬尿やないんか?
バニョウ?
馬の尿やろ。馬糞に馬尿。
えー、言わへんよ。
そうか。
…ちょっとは悲しい?
なにが?
厩の仕事始めて、1ヶ月でアタシの体これやろ。
一年か、二年したらどうなんねんやろ。
そら、な。
やっばり男は、女の繊細な体つきにそそられんねやろ。
分かったようなこというなよ。
どないする?あたしが女らしい体つきやなくなって、なんかこう
ムキムキのゴツゴツになったら。
あほ。結婚してもう何年や。
まだ三年です。中年みたいなこと言わんといて下さい。
そうやないよ。
なによ?
恋人同士みたいに、もうちゃらちゃらしてへんやろ。
最近ご無沙汰やもんね。嫁さんが肉体労働で筋骨隆々に
なっても気つかへんね。
あほ、蒲団入ったら、鼾かくんは誰や?
え、鼾かいてる?
馬に似てきてるんと違うか。
いゃあ。どないしょう。
それだけ疲れてるんやろ。
そやけど、やっぱり額に汗して働くんは気持ちええよ。
なんかすがすがしいよ。
最近オマエ、よく食べるもんな。
もう、御飯なんかおいしいおいしい。
オレ、見とれてるわ、最近。
立場が逆やね。
なにが?
付き合い始めた時、アタシ言ったでしょ。
なに?
御飯、おいしそうに食べる人が好きやて。
…ああ、言うたな。
最近、アタシの作る御飯、おいしくない?
そんなことないよ。
ほんなら、なに?
慣れるやろ。
なに?
毎日食べてたら、当たり前みたいになるやろ。
そんなん、嫌やわ。
わがまま言うなよ。
アンタもなんか、スポーツしたら?
なんや、急に。
日曜日、言うたら、家でごろごろしてるだけやろ。
たまの休みぐらい、家でのんびりしたいやろ。
おなか出てきてるよ。
男の勲章!
いやぁー、開きなおってるわ。
ストレスかてあるやろ。おまえもOLやっててんから、分かるやろ。
そやから、ストレス解消に、なんかするんよ。ウチのクラブで乗馬する。
分かった。考えとく。
うーん、こうなったら、本気でリサ・ライオンとか目指してみようかな。どう?
調子にのんなよ。無理しすぎて、腰でもいわしたらやばいやろ。
分かってる。
子供も産まなあかんねんから。
気をつけます。
それから…。
なに?
いや…。
なによ?
女、棄てんなよ。
…うん。
早よ。パンツはけよ。
アンタが見てるから、サービス、サービス。
アホ…。