104話(1998年3月27日 ON AIR)

「僕とスイの時間」

作・み群 杏子
スイは僕のなかに住んで、僕のなかを旅している。
       *
お・は・よ・う。
お寝坊のスイが起きるのは、たいてい午後だ。おきぬけにスイは、ぱたぱたと羽枕を叩く。僕はそのほこりを吸って、コホンと咳をする。
ごめんネ。でも、枕はいつもふんわりとさせておかなくちゃだめなの。いい夢を見ることができなくなっちゃうもの。
スイは夢を大切にしている。
       *
趣味はさかなつり。
でも、あまり上手くない。スイのつりざおが、助骨の一本にからまると、僕の胸はひくっと痛む。
       *
今ね、あなたに着てもらおうと思って、セーターを編んでいるの。
スイが編み続けているセーター。それは、時間によって、色が変わる。太陽をアップリケしたり、星を刺繍したりしながら、どこまでも広がっていく。
       *
私、読書も好きよ。
スイの本棚には、本がいっぱいだ。スイは僕の記憶の数だけ、本を持っている。つらいこと、いやなこと、記憶から消してしまいたいことも、スイは本にしてしまう。
だって、いいことばかりが、人生じゃないでしょ。でも、がっかりしないで。哀しみのあとには幸せがくるわ。夜のあとには、朝がくるように。
スイは、人生を達観している。
       *
ね、ぶらんこに乗りに行こう。
スイは、家の近くの児童公園のぶらんこが気に入っている。もちろん、ぶらんこをこぐのは僕だ。スイは僕のなかにいて、ぶらんこを感じている。
空が好き。晴れた空も、曇り空も、雨の日の空も。
スイは、ぶらんこに乗って、僕の感情を揺する。高く、低く。
おっと、散歩の時間だ。
でも、歩くのは僕だ。
もう、そっちじゃないったら。だめだめ、右じゃなくて、左。
気がつくと、僕は、知らない街を歩いている。
私の両目は、シグナルの赤と青よ。ウインク一つで、哀しみをストップさせることが出来るの。
反対に喜びをストップさせてしまうことだって出来るのだ。赤と青、どちらの目をとじるかで。
       *
ようこそ!スイズバーへ。
夕方になると、スイは、僕の胃袋のなかに小さなバーを開店する。メニューは、特製のカクテルだけ。スイの作るカクテルはおいしくて、自分でも、つい飲み過ぎてしまうらしい。
ジンをベースに、レモンを少々、ミントとグランマニエを加えて、最後にこぼれ落ちる涙を一滴。
僕はまだ飲んだことがない。どんな味か、想像もつかない。
一人で飲むと、いつも酔っぱらっちゃうのよ。
スイの眠りは、そのまま、僕の眠りだ。僕は羊を数えながら眠る。何匹まで、数えたのか、いつも、朝になれば忘れている。スイは僕のなかの会えない羊だ。
       *
今日も一人でいい子にしてた?
スイは孤独を愛している。だから、僕にもひとりであることを望んでいる。僕がひとりでいる時だけ、スイはスイでいられるのだ。ねえ、いつまで、僕のなかにいるの?
そうねえ、明日か、それとも50年後か。
スイの好きなもの。さかなつり。ぶらんこ。夢のかけら。幾つもの空。孤独。終わらない夜…
羊が98匹… 羊が99匹… 羊がひゃーぴき…(だんだん眠たくなってくる声)…
お・や・す・みなさーい…
END