1120話(2017年9月16日 ON AIR)
「おきにいり」

作・

大木湖南

出演・

平野 舞
坂本隆太朗

夫が「おきにいり」してから三週間が経った。

  
おはよう。起きて。

ああ・・

髪が少し濡れてる。雨が降ったの?

夜中に少しね。

冷たくないの?

大丈夫。感覚はほとんどなくなってきたんだ。

そう・・

木の中は賑やかでね。おじいちゃんもおばあちゃんも相変わらずでさ。いっつも喧嘩してる。
でも雷雲が来たりするとピタッと静かになるんだ。二人がじっと寄り添ってるのがわかるんだ。

雷が怖いの?

もちろん。大雨や台風も。

同化は進んでる?

両足と・・左手。あと背中の半分は同化してる。
右手はほとんど動かないし、口も動かしにくくなったかな。

  
夫が「おきにいり」を決めたのは一か月前。進行性の病気が重症化し、余命宣告を受けた後だった。
私たちは「おきにいり」のために夫の実家に引っ越すことにした。

  
僕の体を縛り付けるんだ。そう、ずり落ちないようにきつくね。

こう?

そうだ。ありがとう。

これからどうなるの?

これから僕の体はゆっくり木に取り込まれていって、49日後にはほぼ完全に木と同化する。

私はどうすればいい?

嫌ならいいけど・・できる限り、会いに来てほしい。

わかった。そうするわ。

  
夫の生まれた地方では、死者は火葬せずこうして木に同化する。
死期を悟ったものは夫のように木にくくりつけられ、生きたまま木の一部となる。
これを「おきにいり」と呼ぶのだ。木に取り込まれたものは死の苦しみから逃れ、新たな生命を獲得すると信じられている。

  
雨が降るよ。

え?

もうすぐ雨が降る。わかるんだ。葉が縮んでるし、根が活発になってきたからね。

本当に木になっていくのね。

あぁ。・・君はどうする?

なにが?

多分・・ずいぶん先の話だろうけど・・君の命が尽きるとき。

そうね・・あなたの家の木にお邪魔させてもらおうかしら。

本当に?

ええ。焼かれるよりずっといいわ。楽しそうだし。でも・・・

でも?

おばあさまとうまくやっていけるかが少し心配ね。

大丈夫さ。僕がついてる。

その時はいろいろ教えてね。

ああ。・・ねぇ。

何?

また目を閉じていいかい?

構わないわ。寝てちょうだい。

寝るのとは少し違うんだ。目を閉じて感じるんだよ。君の呼吸や足音、匂いや温度なんかをね。・・・僕は世界の一部になって・・君を守るよ。・・・・たとえ・・君に愛する人が・・出来ても・・

寝たの?

・・・

あ・・・雨。

  
  
終わり