126話(1998年8月28日 ON AIR)

「夏の終わり」

作・松田 正隆
ある無人駅。あたりには田園が広がっている。
女がベンチに座っている。
やがて、男が、大きな荷物を背負って現れる。
こんにちわ。
こんにちわ。
―と、男、汗をふく。暑い
汽車、待ってるんですよね。
ええ。
……来ませんか、まだ…。
ええ。さっきからずっと待ってるんですけど…。
何時なんでしょう。…時刻表がないからわかんないんですけど…。
(と、あたりを見ている。)
三時だと思うんですけど。
三時?
ええ。宿の人にそう聞いたんですけど…。
もう、四時過ぎですよ。
そうなんですよ。…どうしたのかしら…。もう、来ないのかしら…。
そんなことはないでしょう。
あの…。どうぞ、ここあいてますよ。
あ、どうも。…(と、水道の方へ行き)ちょっと
水をバシャバシャあびつつ、飲む。
ヒャーヒャー言っている。
それを見て笑っている。
いや、もう、のどかわいちゃって。
どちらから来られたんですか?
タオルでふきつつ)むこうの方からです。
歩いて?
ええ。線路づたいに。…田んぼばっかりでしょう、このへん。だから自分がどこにいるのか、わかんなくなっちゃって…線路歩いてたら、そのうちどっか着くだろと思いましてね。そしたら、
駅に着いたんですね。
ええ。
でも、汽車来ませんよ。役立たずの駅です
ええ。
困りましたね。
ええ。(と笑う)
どこまで行くんですか?
さあ。どこまでってこともないんですけどね。まあ、行けるところまで、行けたらいいと思ってるんですけど。…あなたは?
私?
ええ。
うん。まあ、私もどこってこともないんですけど…。
へえ…。
あてのない旅ですね。おたがいに…。
ああ、なるほど…。
…何か、静かですね。
うん…。のどかっていうか。
田舎ですからね。見わたすかぎり。
ええ、こんなとこに一生住めと言われたら、きっと、ものすごく退屈するんでしょうねぇ。
ああ、そうでしょうねぇ…。
コンビニとかないですからね。
ジュースの自動販売機もありませんよ。
ええ!そりゃ大変だ。のどかわいちゃう。
水がありますけど。新鮮な。
水じゃねぇ。
かわきはいえませんか。
いえませんねぇ。やっぱ、コーラでしょう。
コーラねぇ。
ええ、コーラですよ。
のみたいなあ、コーラ…。
(ゴクッとつばをのんで)…のみたいですね、コーラ…。
そこで水のんだじゃないですか。
水じゃねぇ…。
ダメですか。
ダメですね。
いえませんか、かわき。
いえませんねえ…。
ああ、そりゃ困った困った…。
―間。
いや、ホント、まじで来ませんね。
ね、こないでしょう。
どうしたんだろ。
脱線事故とかあったんじゃないかしら。
ええ?
だって、おかしいじゃありませんか、来ないなんて…。
うん…。
ずっと、来なかったら、どうします?
ずっとって?
ずっとですよ。永久に。
よしてくださいよ。来ますよ…。きっと。
それならいいんだけど…。
―間。
…歩きますよ。
歩く?
ええ。汽車来なかったら。…この線路を…。
この線路を?
ええ。足があるんだから。てくてく歩けばいいんですよ。
歩いて…また駅があって…私のような女がいて…その人と来ない汽車を待つんですか?
いや、そんなことはしませんよ。この線路をただひたすら、歩くだけですよ。
…そのうち、私の乗った汽車に追いこされないかしら…。
ああ…。でも、それはそれで、仕方のないことですよ。それも覚悟の上で歩きますね…。
じゃあ…歩いてください。
え?
歩くんです。汽車はもう来ません。…絶対に…永遠に…来ないんです…。
はあ…。そうですか。(と、うなだれて)…それじゃあ、さようなら…。
―男は去る。女は残されて、
…これはきっと、夢なんだわ…。誰かが見てる。夢だから、汽車も来ないし、…夏も終らないんだわ…。
―ひぐらしが、鳴く。
あ…ほら、あの男が…やって来る。あんなに汗かいて…大きな荷物を背負って…。