143話(1998年12月25日 ON AIR)

「聖夜/天使が/街で」

作・高階 杞一
聖夜、天使が空で話を交わす。
噛んじゃダメ
このビルはまだそれほどおいしくないし
窓だってまだいっぱいにある
上から下へのぼっていくと
どんどん世界が老けていく
高いね
こんな所から落ちたら死ぬね
今度は何になるんだろう
水か
石だといいね
何も考えないものに
今度は
なれたらいいね

   ☆

気が付くと、ぼくは扉になっていた。
大きなホテルの入り口だった。
次々に人が出入りする。
その度に僕の体は左右に開く。
痛みはないけど、何だかイヤだな。体の中を覗かれているようで。
何だってこんなものになったんだろう。
閉じて、開いて、閉じて、その繰り返し。休む暇もない。
誰ひとり「ありがとう」も言ってくれないし、あいたらさっさと過
ぎていく。
恋人たち、家族連れ、紳士に淑女…どの人も今日は楽しげに
過ぎていく。
でも、さっきから僕の横にいるこの子はどうしたんだろう。ひとり
こんなに暗い顔をして。時折、手に息を吹きかけ、体を小刻みに
震わせながら、もうずいぶん長い間ここに立っている。
(中で待ったらいいのに…)
思い切って話しかけてみる。
「まだ、来ないの」
「えっ?」彼女は驚いて僕を探す。
「君のすぐ横」
「あなた? 今喋ったの」
「うん、そう」
「驚くじゃない、いきなりドアが喋ったりしたら」
「ごめん。驚かせるつもりはなかったんだけど」
「で、わたしに何か用」
「えっ?」
「今、何か言ったでしょ」
「別に用ってわけじゃないんだけど、君がさっきからずっとそこに
立っているから…」
「ここに立っていたらいけないの」
「そういう意味じゃなくって」
「わたし、あなたに何か迷惑になるようなことでもした?」
「してないよ、別に、何にも」
「だったら放といてよ。ただのドアのくせに気安く声なんかかけて
こないでよ」
「ただのドアじゃない。僕は自動ドアだ」
「それが何よ。今時自動ドアなんて当り前じゃない。そんなことく
らいで威張らないで」
「威張ってなんかないよ。ただ…」 
「もういい。これ以上わたしに話しかけないで。ドアとなんか話し
ていたら、変な子だと思われちゃうし」
「分かった」
 …………………………………
 …………………………………
「ねえ、中に入ったら」
「話しかけないでって言ったでしょ」
「中の方があったかいよ」
「いいのここで。中に入ったら彼が来た時分からないから」
「彼を、待ってるの」
「……」
「ごめん、余計なことを尋いて」
「……」
「あんまり寒そうだったからつい…」
「やさしいのね、あなたって。彼も、そうだったけど…」
「そう、だった?」
「本当はね、彼なんて来ないの。わたしが勝手に待ってるだけ。
 去年のクリスマスにもここで待ち合わせをしたから」
「ケンカでもしたの」
「わたしって、気が強いし、意地っぱりだし、いいところなんてち
 っともないし、フラれたってしょうがない」
「いいところはあるよ、君にもいっぱい」
「ありがとう。でも、もういいの。話したら何だかすっきりしちゃ
 った。わたし、もう帰る」
「このまま帰ったら凍っちゃうよ。中で少しぬくもってからにした
 ら」
「そうね、帰ってもすることないし。じゃあ、そうする」
初めて笑顔を見せると、彼女はゆっくりと僕の中に入っていった。
人込みの中、
やがて、彼女のちょっと驚いたような声がロビーに響く。
「どうして。どうしてこんなところにいるの」
「君こそどうして」
「わたしは、その…、今友達と別れたばっかりだから」
「僕も、そう、おんなじ。奇遇だな」
「ほんと、奇遇ね」
「ねえ、よかったらどっかで食事でもしない?久しぶりだし」
「ええ。あなたさえよかったら」
 メリークリスマス!
大きな袋を抱えたサンタクロースが二人のそばを過ぎていく。
二人は顔を見合わせ、笑い、歩き出す。
「あれ、どっちへ行くの」
「どっちって、外へ出るんじゃないの?」
「そうだけど、出口はそっちじゃないよ」
「でも…、あれ、こっちにあった扉は?」
「扉? ないよそっちには。出口はあっちにしか」
「でも、さっきまで確かにあったのに…」
 不思議そうな顔をして立ちつくす彼女の前には、壁と、小さなク
リスマスツリーが一本立っているだけだった。

    ☆

今度は何になるんだろう
もう一度
人になってもいいな