15話(1996年7月12日 ON AIR)

「真珠」

作・桐口 ゆずる
…裏切り者。
声を殺して、それだけ言うと女は電話をきり、鳴咽した。
重なって。
ほんとは大声で叫んでやりたかった。裏切り者!アンタなんか、
こっちから願い下げよ!
…そう出来なかった自分が悲しかった。
今度の失恋は尾をひきそう。
音楽
そして、翌朝。
服を来たまま寝てしまったらしい。店に出なければ…
きっとアタシは最悪の顔をしている。
それが恐くて、珍しく丁寧に化粧をした。
高架下の真珠のオリジナルジュエリーショップ
あ、あの…ここ、オリジナルで作ってもらえるんですか。
ええ。真珠だけですけど、お客さまのご要望に応じて作らせていただいています。
あなたが作るんですか?
ええ。ごらんの通り、ちっぽけな店ですから。
私が作って、自分で売っているんです。
明日までに出来ますか。
もちろん。どういったものを作りましょう。
彼女へのプレゼントですか?
誕生日なんです。それもただの誕生日なんじゃなくて、特別なんです。
特別?
ええ。で、いろいろ考えたんだけど、彼女、
きっと真珠が似合うと思って。
素敵ですね。
電車が通りすぎる。
嘘だった。こんな冴えない男の彼女だ、きっとダサい女に違いない。
ま、仕事だから。醒めた気持ちで、男の話を聞いた。
ほんと言うと、デパートとかで買うと、いろんな物があって、
なんかその迫力に圧倒されて、どれを選んだらいいのか分かんなくなるんです。
ずるいかもしれないけど、ここだったら、彼女にぴったりの物を
作って貰えるんじゃないかと思って。
はにかみながら、そう言うと男は去った。手元には、男が置いていった
彼女の写真が残った。この予算じゃ、厳しいよな。それに彼女に
どんなものが似合うかぐらい、しっかりイメージ持てよ。
情けない奴だ。
その日は他に客もなく、夕食後、仕事にとりかかった。
T.V番組が短く流れ、スイッチが切られる。
集中出来なかった。彼との楽しかった思い出ばかりが蘇る。
あんな男と思いながら、追憶にひたる自分が苛立たしかった。
今朝の回想
僕は彼女の耳が好きなんです。福耳とか、そう言うんじゃなくて
小さくて、透き通るように白くて、柔らかくて。
じゃあ、ピアスにしましょう。
えー耳に穴を空けるんですか。
(軽く笑って)分かりました。イヤリングタイプにしましょう。
あの、明日の朝一番に来ます。出勤前しか時間がなくて。
再び、女の仕事部屋。深夜。
誠実な男の言葉が蘇った。真珠の光沢に寄せる人の想い。
私はそれをコーディネイトするのが仕事なのだ。待てよ、彼は、特別の日なんだと言っていた。普通の誕生日じゃないのかもしれない。ひょっとしたら、彼は彼女にプロポーズするのつもりだろうか。少ないお給料から、無理して彼女に宝石を贈りたい。
それもダイヤモンドじゃなくて、真珠を。
彼の選択がうれしかった。勿論、こんなことは私の勝手な想像だった。
けれど、想像力がなければ、素敵なジュエリーデザインは生まれて来ない。
私は集中した。スタンドの光に手をかざして、形を思い浮かべる。ふっくらした頬とおちょぼ口の女の子。写真では肩まで髪を下ろしているけど髪をアップにして、彼が想いを寄せる可愛らしい耳を見せる。
そこには控えめな真珠の輝きこそ似つかわしい。
女の想いが高まるにつれて音楽
そして朝。
真珠のイヤリングは、全部で8つ出来た。勿論、買ってもらえるのは1つだけ。
私ってなんて馬鹿なんだろう。こんなことしてたら、商売にならない。
でも、不思議とすがすがしかった。
徹夜で目の下に隈が出来ている。
でも、今朝は化粧をするのをやめよう。控えめにルージュをひいて、店に向かった。
高架下のアクセサリーショップ。
さあ、どれが彼女に一番似合うか、選んで下さい。
えー困ったな。いやー分からないなぁー。
プロポーズするんでしょ。
え、どうして分かるんですか。
女の勘かな。さあ、勇気をもって、あなたが一番いいと思うものを選んで下さい。
私は一生懸命作りました。どれを選んで貰っても私は嬉しいんです。
でも、みんな素敵で…見れば見るほど分からないや。
彼女の耳を想い浮かべて。集中すれば、きっとただ一つのものが見えてくるわ。
男はじっと8つのイヤリングを見つめる。
(自信なさそうに)これかな。
(にっこりして)きっと似合いますよ。
そ、そうですか。
だって、あなたが選んだんたもの。彼女もきっと気にいるわ。
私だったら、嬉しくて、プロポーズにすぐOKしちゃうな。
そ、そうですか。そうだといいんだけどな。
もっと、自信持たなきゃ。
あの、今日はお化粧してませんね。
え?
昨日とぜんぜん違う。
目の下に隈が出来てるでしょう。ほんとは、ファンデーションぐらい塗ったほうがいいんだけど。
しないほうがいいですよ。昨日は、なんだか怖かったもんな。
今日は、素敵です。あなたらしい。
そう。よかった。
あ、そろそろ行かなきゃ。ほんとにどうもありがとう。
今度は彼女と一緒に来てください。結婚式のために。
是非。
音楽
救われた。
お礼をいいたいのは私のほう。
残った7つのイヤリング。
そうだ、これは私のために取っておこう。
がんばった私へのご褒美として。
華やかに着飾る
明日の私のために。