161話(1999年4月30日 ON AIR)

「ストロベリー・レモネード」

作・藤堂 尚樹
登場人物
耳鼻科医 義雄
その患者 秋子
場所
とある耳鼻科
設定
絶世の美貌と抜群のスタイルの持ち主、秋子。
彼女の唯一の悩みは鼻をかむときの音が凄まじいことであった。
思い悩んだ彼女は耳鼻科に相談に行くが、そこの医師、義雄が秋子に一目惚れして……。
そこは耳鼻科。
大きめの、鼻をかむ音、「ぶううん、ぶううん」。
耳鼻科医の義雄に、やや思い詰めた様子で相談している秋子。
義雄
なるほど、かなり大きいですね。
秋子
いろんな人に言われるんです、うるさいとか、汚いとか。
義雄
なるほど、それは深刻ですね。
秋子
でも私、鼻をかむとどうしても大きな音が出てしまうの。先生、なんとかなりませんか。
義雄
そうねえ。
義雄の心の声となる。
義雄
これが僕と秋子さんとの衝撃の出会いだった。耳鼻科医である僕のところに患者としてやってきた彼女を一見見た瞬間、僕は診察室の壁に掲げていた「患者には手を出すな」という張り紙をはがしに走った。僕は彼女の魅惑的な輪郭、豊かで柔らかな曲線のすべてが僕の中で立体化し、僕の輪郭と重なり合うのを感じた。そして、世界中の恋心が僕の胸に集まってきた。彼女はふともものつけ根までスリットの入ったチャイナドレスを身にまとい診察室に入ってきた。彼女の真っ白なふとももに反射した夕陽がころころと真珠のように弾けたついでに、僕の鼻孔粘膜上皮細胞までもが惜しみなく弾け飛んだ。鼻血だ。僕の心は撃沈された。
診察室のやりとりに戻る。
秋子
この鼻かみの音が、私の唯一の悩みなんです。
義雄
なるほど。
秋子
先生は、鼻をかむときどうされてるんですか?
義雄
そうねえ、とりたててどうしているというほど特に気をつけていることはありませんが…。まあ、下品な音ややかましい音を出さないようにはしてますけどね。
秋子
それです!それこそが問題の核心なんです。先生はいかなる手段でもってやかましい音や下品な音を出さないようにしてるんですか。初心者にもわかるように詳しく、ディッテールまで丁寧に説明してください。もうほんとに困ってるんですから。
義雄
まず重要なのは息を鼻から吹き出す勢いです。わかると思いますが、息の強さと鼻かみの音量との間には比例関係のようなものがありましてね、つまり、息を吹き出す勢いが強くなればなるほど、音量も大きくなると言うわけです。
秋子
なんてことかしら、そんな法則があったなんて全然知らなかったわ。
義雄
大きな音を出さないためには、そっと鼻をかむことが必要になってくるわけです。しかし、この方法には致命的な欠陥がありましてね、鼻をかんだあとのあと味が実に悪い、かみきれていないというか、残ってるなあという感じがつきまとってしまう。
秋子
どうすればそれをふせげるのかしら。
義雄
それを今から言おうとしていたところです。やってみればきっと驚きますよ。それはね、鼻の穴を圧迫しないというやり方です。そうすれば息を強く吹き出しても音が鳴りません。あなた、鼻をかむとき鼻の穴を側面から押さえ付けているでしょう。あれがいけない。あれをやっているうちはまだまだ素人なんです。プロはね、決しておさえつけたりはしませんよ。
秋子
(すっかり感激して)まあ、そんなやり方があったなんて。先生ってなんでもご存じなのね。
義雄の声となる
義雄
このとき、秋子さんの瞳がかすかに潤んだのを僕は見逃さなかった。僕の耳鼻科医としての圧倒的な力量に、秋子さんの乙女心が感応し始めているのは明らかだった。この好機を逃す僕ではない。ああ、僕の恋は南の風に乗って走る。
診察室でのやりとりに戻る。
義雄
口で説明するのは簡単なんですが、やってみると以外に難しいんです。試しに一度鼻をかんでみましょうか。
秋子
まあ、実技指導してくださるの?
義雄
こういうことは体で覚えるのが一番なんです、ぐふふ。
秋子
ぐふふって何です?
義雄
いえ失礼。
秋子
あら、先生、どうして私の背後を取るの?
義雄
僕の両手のネピアが目に入りませんか。こう、前に両腕を回して、二人羽織のようにして鼻をかむんです。さ、もっと体を密着させて。
秋子
みっ、密着?
義雄
(高ぶってくる)私が秋子さんの鼻の両側をこのちり紙で押さえますから、合図に合わせて息を吹き出すんです。
秋子
ああ、なんだか胸騒ぎがするわぁ。
義雄
いーい兆候です。さんっ、にぃっ、いち、はい!
鼻かみの音、「ぶううん」。
秋子
(頭を抱えて)ああ、やっぱり音が出てしまったわ、出てしまったわっ。
義雄
それも爆発的に。
秋子
ああもうわたし人間失格だわ。
義雄
いいえ、秋子さんに責任はありません。すべて僕の責任です。
秋子
ええ?
義雄
僕としたことがなんたる失態……。心の切腹でお詫びします。
秋子
まあ!先生そんなことやめてください。
義雄
あな口押しや……。
秋子
先生、お願いだから顔を上げて。しっかりしてください。
義雄の心の声となる。
義雄
僕がわざと弱さをちらつかせたことによって、秋子さんの母性本能が刺激されているのは明らかだった。まず乙女心をくすぐり、次に母性本能を刺激する。これが女性を攻略するときの王道だ。僕の二段構えの波状攻撃によって、今や彼女の瞳は全盛期のデミ・ムーア13人分くらいはうるうるし始めてた。
診察室の会話に戻る。
秋子
私ったらせっかく先生が体を張って教えてくださっているのに、恩をアダ・マウロで返すようなことをしてしまって。
義雄
それは確かに嫌だな。
※注、アダ・マウロとは西沢学園の宣伝塔になっている、謎の外国人タレントです。
秋子
……私、頑張ります。先生のためにこの鼻を克服します。
義雄
ええ…。それじゃあ、次の診察は、明日です。
秋子
まあ、明日?
義雄
こういうことは毎日やって体にすり込ませないと。
秋子
わかりました。
義雄
どんな難病も、人類はいつだって乗り越えてきました。秋子さんの鼻もきっと治ります。
秋子
はい。私、先生についていきます。
義雄の心の声となる。
義雄
こうして、ふたりの甘い日々、僕の三十路の春が始まった……。診察室で彼女と過ごす時間はストロベリー・レモネードで出来ている……。このうえなく、甘酸っぱい。ああ。
義雄、感きわまる。
おしまい