209話(2000年3月31日 ON AIR)
「山深い秘湯・小宝の湯」

作・

四夜原 茂

  
 

「カポーン」「チョロチョロ…」温泉である。
湯気がたち込めていて、一寸先も見えない。
声は響いていて、風呂らしい。
「ガラガラ」と扉を開けて男が入ってくる。

  
おうい。山田ー。オレ石ケン持ってないんだけどそっちにあるかなー。シャンプーとかも忘れて来ちゃってんだよ。 おうい。……あれ?居ないのか…。

  
 

桶で湯をかぶる。「ザザバー」

  
あち、あちちちちー。ちょっと熱いんでないの。道理で湯気がモクモク出るわけだよ。なんにも見えやしない。自慢の庭園風呂なんじゃないんですか?どうやったら庭が見えるんですかーだ。よいしょっと。

  
 

湯舟につかる。

  
あ、あ、あ、ああー。ちょっと熱いけど、けっこういいな、これ。なんて言うか…お湯がトロリとしてる。効きそうだよ、このお湯は。

(遠くから)効くらしいんです。

(息をのむ)……え?

効くんですよ、この温泉。

す、すみませんでしたー!!オレ、あの、男湯だと思ってんです。本当です。入口に男湯ってカンバンが……あれ?な かったですね。でも、本当なんですよ、男湯だと思ってたんです。し、失礼しました。

(笑う)なにをあわててるの?ここは混浴よ。

混浴?

やっぱり。そうじゃないかと思ってたのよ。さっきあなたが言ってた庭園風呂は一階よ。

じゃあ、あの、ここは?

地下よ。地下一階の宝の湯。

あ。そうなんですか。山田、居なくて当然だわ。オレがまちがえちゃってたんだ。あの!じゃ、失礼しまーす。ええと、タオルは…あれ、どこだ?

なにかあるの?

あなた、その山田さんと何か特別な関係でもあるの?

特別な関係って、何ですか、それ。山田はただの友達ですよ。

友達?男同士で温泉に来てるの?

…変ですか?

変よ。男二人で温泉旅行なんて。

いいじゃないですか。そういう気分の時だってあるんですよ。
こう、憂さを晴らしたいとか、気分を変えたいとか…。

そういう時はひとりで旅に出るものよ。ひとりでお湯につかって、人生についてしみじみする。それが普通よ。

山田の会社…解散になっちゃったんですよ。(小声で)

え?よく聞こえないわ。ちょっと待ってて、そっちへ行くから。

え?!こっちへ来るんですか?!

  
 

女、こっちに向かって歩いてくる。「パシャパシャ」と。

  
ここね。あっちとそこから、湯気が出てるの。機械で湯気を作ってるわけよ。どう?何も見えないでしょ?

はあ、何も……見えませんね。まっ白で。

今年、90才になる大女将が考えたのよ。混浴のお風呂としてはよくできてるわね。

そうですね。

庭園風呂は男女別にはなってるんだけど、仕切の壁は2メートル。天井は吹き抜けになっててやっぱり話はしやすい造りなの。それも大女将が考えたのよ。

話がしやすい?

ええ。

あなた…旅館の人ですか?

いいえ、何故?

なんかこう、解説が詳しいし、そうかなぁって。

ああ、もう半年になるから。

湯治ですか。若いのに。

そんなに若くないわ。そろそろあせりを感じる年齢になっちゃったの。

あせりを感じるって、湯治なんだから、あせっちゃいけないでしょう。もっとゆったりとして…あ。すみません。。

え?

いや、今、足が当たりませんでした?

…いいえ…。本当ね。あなたの言うとおりだわ。あせらずにゆったりと待つべきなんでしょうね。

そうですよ。湯治なんだから。効くんでしょ、このお湯。

効くらしいんです。先週は、まゆみさん。その前はゆみこさん。みんな晴ればれとした顔で帰って行きました。

へーえ、やっぱり効くんだ。

ええ、まゆみさんなんか2ヶ月でしたからね。大女将もびっくりしてました。きっとこの温泉のレコード記録だろうって…。

あなたは半年ですか…。

なんかね、タイミング悪いのよ、あたしって…。

だいじょうぶですよ、きっと。あなた元気そうだし。すぐ帰れます。

…元気そうだって、どうしてわかるの。見えてないんでしょ?

見えなくたってわかるんです。肌の張りとかで…。

肌の張り?

いや、そうじゃなくて、えーと、声の張りとかでね。わかるんです。。

久しぶりなんです。知らない人とお話するの。だから、ちょっと緊張してるのかな。

半年ですか…。

ええ、毎日3回お湯につかって、あとはボンヤリしてすごしてます。東のはずれにある離れの右から3本目の柱の左から2つ目の部屋「ミミズク」で。

は?

ちょっとややこしいでしょ。もう一度言いましょうか?

いや。ええと、そろそろ行きます。山田が捜してるかも知れないし…ええと、タオルはどこいっちゃったのかなあ。。

脱衣場に新しいのが置いてあるわよ。

いや、その脱衣場までがですね。

脱衣場までが?

だから。ちょっとタオルがないとまずいことになっちゃってて…。。

え?

ええと、山田の話、しましょうか。山田の会社が解散になって、あいつ悲惨なことになってるって話…。

山田さんねぇ、あなたのお友達の?

ええ。

じゃ、私そろそろ失礼します。これから東のはずれにある離れの右から3本目の柱の左から2つ目の部屋「ミミズク」で休みますから。

あ、そうですか…。

  
 

「ジャブジャブ」と去ってゆく。

  
(ためいき)ハー。

(遠くで)この温泉は男二人で来るところじゃないと思うの。
それじゃ効果が出ないわよ。じゃあ、おやすみなさい。

(ひとり言)効果が出ない…?何の効果なんだろうか?

  
  
おしまい