213話(2000年4月28日 ON AIR)
「明日朝、8時「サバンナ」で」

作・

花田 明子

登場人物

河合(男)
石川(女)

  
 

始まりは一本の電話のコール音、3回。
「トウルルルル。トウルルルル。トウルルルル。」

  
石川もしもし。

河合あ、居た居た。

石川あ。

河合あ、いや・・・あ、起きてた?

石川あ、はい・・・。

河合あ、そうだよね。起きてたから喋ってるんだもんね。

石川(緊張していたが思わず笑って)あ、はい。どうしたんですか?こんな時間に。

河合あ、いや・・・元気・・・かなアと思って。

石川(笑って)ええ。そうですね。元気ですよ。

河合あ、そっか・・・。それはよかった。

石川河合さんこそお元気ですか?

河合俺?俺はもちろんだよ。元気だよ。

石川そっか・・・。あ、そうだ。

河合んん?何?

石川いや、バイト、ありがとうございました。

河合ああ、なんのなんの。

石川みんなすごくいい人たちで。

河合だろ?まあちょっと時給はよくないけど、人がいいのだけがあそこの取り柄だから。

石川いえいえ、とんでもない。ちょっと落ち着きました。

河合そっか・・・。それはよかった。

石川はい。本当に有難うございます。

河合いやいや、あそこのうどん屋もちょうど人、探してたからさ。

石川・・・。

  
 

  
河合あ、でもよかったよ。ちょっと声が柔らかくなったから。

石川あ、そうですか?

河合うん。一月(ひとつき)前と比べたらね。

石川あ・・・。

河合あ、ごめん。そういう意味じゃないよ。

石川いえ。

河合いや、本当に。

石川いえ、本当大丈夫です。もう・・・(ちょっと笑って)すいません。

石川いや、うん・・・。

  
 

  
石川でもお久し振りですね。

河合ん?

石川河合さんとこうやって話すの。

河合ああ、そうだよな。うどん屋について行ってやれたらよかったんだ  けど。

石川何言ってんですか。私27ですよ。面接くらい一人でいけますよ。

河合そっか。

石川ええ。

河合そうだよな。

石川ええ。

河合そっか・・・お前、もう27になったか。

石川ええ。10月がきたら、28です。

河合ええ?28?

石川はい。すっかりいい大人です。

河合ああ、そりゃそうだよな。だって俺が32なんだから。

石川えー、河合さん32?!

河合そんな声出すなよ。そりゃあお前が28になるんだから、俺だってそれくらいにはなるよ。

石川ああ、そうですよね。

河合そうだよ。。

石川ええ。じゃあもう9年くらいになるんですね、知り合って。

河合おう、9年だよ。

石川へーえ。早いなあ。

河合改めて考えるとな。

石川改めて考えなくてもですよ。

河合おお、調子出てきたな。

石川ええ?

河合いや、いつもの石川だな・・・ってさ。

石川はい・・・もう本当に大丈夫です。

河合そっか・・・。

石川ええ。

河合ならよかった。

  
 

ちょっとの間

  
石川(笑って)何かすっかり御迷惑をおかけしてしまいました。

河合何の何の。

石川(笑って)いえ、本当に。何かいつも困ったら河合さんに電話してしまって。

河合何の、何の。俺だって困ったら石川に電話する気でいるからさ、いつも。

石川いえ、河合さんは私にはそんなじゃないですよ。

河合いやいや、それは石川の読みが甘いよ。俺はいつだって困ったら石川に迷惑をかけようと思ってんだから。

石川・・・。

  
 

石川が、ふいに黙ったので、

  
河合あれ、もしもし?もしもし?

石川・・・あはい、聞こえてます。

河合びっくりした。急にトイレにでも行ったのかと思ったよ。

石川・・・。

河合あれ、もしもし?もしも

石川(河合を切って)はい、聞こえてます。

河合ああ、そっか俺はまた洗濯物でも取り込みに行ったのかと思ったよ。

石川何で電話中に洗濯物取込みに行くんですか。

河合いや、何となく。

石川(笑って)いやですね。

河合はい?

石川何か河合さんとこうして話してると安心するから。

河合・・えーっとそれは、あはは良かった。

石川何か私、河合さんにいつもどこか甘えてるんですよね、きっと。

河合甘えて下さいよ。だって9年の付き合いですよ。

石川私、サークルの先輩もともだちももう誰とも連絡取らなくなってるのに、河合さんとは何か・・・。

河合おう、おう、それは光栄だ。

石川いえ、何かいつまでもいつまでも頼ってますよね。

河合何、何、頼っちゃってよ。もう全然頼っちゃってよ。

石川いやいや。

河合俺なんかさ、会社で何て言われてるか知ってる?

石川え、何て言われてるんですか?

河合吊り橋だよ。

石川え?

河合吊り橋。ほら、渓谷やなんかにかかってる橋。危なっかしいんだって。

石川まさか。

河合本当、本当。何かね、俺に契約とか任せとくと危ないから気をつけて渡れと、言われてるらしい。

石川いやいや。

河合いや、本当だよ。だからさ、石川くらいしか俺を頼ってくれないわけですよ。

石川・・・。

河合あれ?あれれ?もしも(し)

石川はい、聞こえてます。

河合ああ、そっか俺はまたもしかして新聞の押し売りなんかやってきて

石川いえ、河合さんもう、いいんですよ。

河合え、え?何が?

石川私ね、ちょっと考えたんですよ。

河合うん・・・。

石川でね、何かいつも河合さんに迷惑かけてちゃいけないってね、何かね。

河合どうして。

石川だって高岡さんがああゆう人だってことは私なんとなく分かってたんですよ。

河合・・・うん。。

石川だから何か誰にでも親切だけど、それは高岡さんが何も選べないだけで、というか、高岡さんにとっては誰と会うことも暇つぶしで、時間をどうやってうめるかってことだけで・・・だから何となくこういう感じで付き合ってたら、私の方が先に根をあげちゃうってことは分かってたんですよ。

河合・・・うん。

石川だから分かってたのに、なんか結局河合さんに何かあんなおかしな電話しちゃって。

河合したらいいよ。

石川いえ、もうしません。

河合いやしたらいいんだって。

石川いえ、もう絶対。

河合いやいいんだって。

石川・・どうしてですか?

河合だってどっかに吐き出さなきゃおかしくなっちゃうだろ。誰だって。誰だってガスを抜かなきゃおかしくなっちゃうもんなんだよ。

石川いえ、

河合だって9年だよ。

石川・・はい。

河合だって9年だよ。

石川はい。

河合もう何言っても全然いいよ。むしろ、何かしら連絡を受けてる方が安心するよ。

石川・・・いえ・・。

河合いや、そうなんだって。石川、お前もう少し何か人に警戒するの、やめろよ。

石川警戒・・・?

河合うん。お前、前に一緒に月見ながら歩いた時言ってたこと覚えてるか?

石川去年の夏。

河合そう、あれもう去年だよ。

石川・・・はい。

河合その後一緒におでん屋に行ったろう?

石川・・・はい

河合あんときさ、お前は俺にお兄さんだからって言っただろ?

石川・・・はい。

河合だからいいんだよ。だからいいんだよ。だって兄貴なんだから。何も考えなくていいんだよ。

石川・・いえ。

河合ほら、そういうとこだよ。

石川何ですか?

河合だからそういうとこ。人に迷惑をかけないなんてさ、所詮無理なんだよ。だから迷惑をかけずに生きようなんて無理に決まってることだよ。

石川だからもう電話とかしません。

河合お前、28になってもちっとも変わらないのな。

石川27です。

河合ああ、うん。27になっても、

石川よく分からないんですよ、ただ。

河合え?何が?。

石川私、なんか河合さんがよく分からないんですよ。

河合分からないって何が?

石川だって河合さんていつだって親切で、いつだって何も聞かないでしょ?

河合だって本人が話さないことをわざわざ聞く必要がないじゃんか。

石川いやそうじゃなくて。

河合何だよ。

石川・・・。

河合何?

石川・・・。

河合石川、なんかさ、お前警戒心強い癖に何かせっかちなんだよ。

石川せっかち?

河合考えが決まらないことが不誠実だと思うんだろ?

石川・・・。

河合いいんだよ。いや違うんだ、それは。

石川どうしてですか?

河合関係なんてさ、自分で決めるもんじゃないんだよ。距離なんてね、自分で計ったりするもんじゃないんだよ。

石川そうなんでしょうか?

河合何にだって自然に決まってゆく時間があるよ。だからいいじゃないか。別に何も考えなくたってさ。

石川・・・。

河合俺はさ、本当にお前のことは何とも思ってないぞ。

石川え、何とも?

河合ほら、ショックだろ、何かちょっと。

石川いや・・・ええ、まあそうですね。

河合だからいいよ。まあ何も考えなくてもさ。何だってなるようにしかならないし。ならないようにはならないんだよ。

石川・・・はい。

河合ところでさ、実は今日は何で電話したかというとさ。

石川はい。

河合今、お前の家の大変近くに来ているんだ。

石川ええ?

河合いや、もう少し正確に言うとお前の家の御近所に、引っ越したんだ。

石川・・・あらら。

河合あ、言っとくがこれは意図的なものじゃないぞ。偶然だぞ、偶然。

石川はい。

河合よしよし。でな。

石川ええ。

河合明日、確かうどん屋、定休日だろ?

石川ええ。

河合だから明日、朝、コーヒーでも一緒にどうかなと思ってな。

石川・・・

河合いや俺はいつもモーニングを食べる習慣なんだよ、朝。

石川はい。

河合だから、どうだろう?ちょっとコーヒーでも飲みがてらモーニングをな。

石川・・・。

河合もしもーし。もしかしてまたお前、

石川聞こえてます。はい。明日の朝。モーニング。

河合うん。よし。

石川はい。

河合お前のそばのコンビニの横の喫茶店。

石川「サバンナ」ですね。

河合そう、明日の朝8時「サバンナ」。

  
 

一瞬の間

  
石川はい。じゃあ。

河合じゃあ。

  
 

電話の切れる音。

  
  
  
おしまい