215話(2000年5月12日 ON AIR)

「電話」

作・久野 那美
早朝。ぷるるるる。電話が鳴る。
(電話の音で目を覚ます。慌てて起き出して受話器を取る。慌ててるのでうまくとれなくてばたばたして…それでもなんとか…)…あ…は…はい。
……おはようございます。
おは…は…?え?おまえ、今、どこに…
台所。
どこの?
うちの。
は?え…あれ?俺は…
寝室。
どこの?
うちの。
…。(起きぬけの頭の中を整理している)
いつ、帰ってきたんだよ…
…2時間くらい前。
今何時?
7時半。
大丈夫か?
何が?
何がって…
落ち着いて普通に話してるでしょ。
…うん。
声も大きくないでしょ。
…うん。
異常な言動も見られないでしょ。
…うん。いや、そうじゃなくて…………無事なのか?!
無事。
そうか…。よかった。いや…違う。日曜日の7時半にうちの台所からうちの寝室へ電話がかかって来た。これは普通のことなのか。十分異常じゃないか。
だから、それを今から説明しようとしてるんじゃない。
だいたい、何だよ。夜中に寝間着につっかけで飛び出して…信じられないよ。心配するだろ。
寝間着じゃない。スウェット。
一緒だよ。
違うじゃない。
…どこ行ってたんだよ。
…。
どこ行ってたんだよ。
…いろいろ…。コンビニとか、本屋とか、ファミレスとか…
どうするんだよ。何かあったら。ここんとこ物騒なのに…、
婚して2年。
??
じめて会ったのが4年前で、あなたがすぐ福岡へ転勤になって、遠距離の期間が2年。
…なんだ?
ちょうどおんなじ2年。
なんだよ。
折り返し地点だ。
勝手に折り返すな。
夢、みた。
夢?
っき。
どこで?。
ファミレスで寝てたら…
お前、また…
とうとしただけよ。
つまみだされるぞ。
出されませんでした。)
そのうちなあ…
中だから外は暗くて。真っ暗な中で電話機がもうひとつの電話機を呼んでたの。
は?
だから、夢。
…電話機の?
うん。電話機の夢。真っ暗な中で電話機がぷるるるる、って遠くの電話機を呼ぶの。もうひとつの電話機はずいぶん遠くにあるもんだから、姿はどこにも見えないんだけど、だけど電話機が遠くから呼ぶと、ちゃんとぷるるるって鳴るの。
遠くにある2台の電話機が、同じ時間に、違う場所で、おんなじ音で、ぷるるるって鳴るの。
目が覚めた。
の音だと思った。
ずいぶん聞いてない。なかなか見つからなくて…探してたら朝になっちゃった。
でも見つかった。
?。
引っ越しの時、いろんなもの処分したよね。 あなたの冷蔵庫、私のテレビ、あなたの電気湯沸かし器…見慣れたものばっかり置いたのに、見たことない部屋ができた。
遠くの部屋で別々に見てたはずのものがいっぺんに目に入る。変な感じがした。私のカーテンの前にあなたの本棚がある。あなたのカーペットの上に私のクッションがある。私のテレビの横にあなたのビデオがある。。
電話機もひとつで充分だった。
あ…
ひとつ片づけた。
婚して。いろんなことが一緒にできるようになったけど、ひとつだけ、できなくなったことがあった。
夜中に、あなたの部屋のベルを鳴らすこと。
朝一番にあなたの部屋のベルを鳴らすこと。
ルが鳴るのをじっと待ってること。
……私が、アパートで使ってた電話機。
え?
れ。
…。
そっちは、あなたがアパートで使ってた電話機。
つないでみた。………ベル、鳴った?
うん…。なんか音が違うような気がするけど。
回線がひとつだから、内線しか使えないのよ。
それはそうだよな…。
ごめんなさい。
え?
昨日は言い過ぎました。
いや…。ごめん、…その…
あんまりおんなじこと言わせるから…何回言ってもきいてくれないから…。
いや…ごめん。わかってる…んだけど…。
でも「どんな理由があろうとも」夜中に飛び出したりファミリーレストランで寝たりしたのは私が悪かったです。もうしません。ごめんなさい。
しばらく。
腹、減ってない?
………減ってる。
なんか食おうか。
うん。
米炊いといたから。
嘘…
8時に炊けるはず。
え?あ…湯気出てる…。
じゃあ。もう行くよ。電話切るから。
え?
電話…
行くってどこへ?
だから、台所…。
…あ…。うん。じゃあ。待ってる。
がちゃっ。二つの受話器がおろされる音。
終わり