226話(2000年7月28日 ON AIR)
「アンコール」

作・

久野 那美

出棺の日。
空は遠くまで晴れていて
白い雲が次から次へと音もなく横切っていった。
世界からは音がすっかり消えていた。
ボリュームの壊れてしまったテレビみたいに。
ほんとうはたくさんのことばが交わされていたはずなのに、
故障してるからなにもきこえなかった。
台詞が全くきこえないまま、
やがてエンディングの音楽だけが、静かに流れてきた。
幕もおりなかったし、舞台も暗くならなかった。
賛美歌が聞こえる…。
教会からの帰り道。

はい。(缶コーヒーを渡す)

ありがとう。(リングプルを引き上げる)

  
 

男も自分の缶を開ける。

  
熱いののほうがよかった?

ううん。冷たい方がいい。

  
 

  
晴れたね。

うん。

梅雨、開けたのかな。

どうだろう。

昨日、すごい雨だったのに。

うん。

今日は静かだね。

  
 

  
何考えてる?

え?

今。

…?

さっきから…。

あの。

ん?

………唄には、どうして2番があるのか。

は?

唄にはどうして2番があるのか。間

それは…

どうしてだと思う?ってフーさんに聞かれたことがあってね。

それは、「フーさんの作る歌はどうしていつもそんなに長いの?」って私が聞いたからなんだけど。

2番どころか、4番とか5番とか普通にあったもんなあ。

うん。長かった。おんなじフレーズのくりかえし。

覚えやすかったけど。

うん。あれ、ぜんぶくっつけて「1番」にしちゃだめなの?って聞いたら怒ったよ。

…駄目だったんだろうなあ。

うん。

  
 

  
どうしてだって?

え?

どうして2番があるって?

教えてくれなかった。

そうなんだよ。

え?

あのひとがそう言うときって。だいたい自分でもわからないんだよ。

そうなの?

うん。

そうなのか…

どうしたの?

ううん。

  
 

  
さっきの賛美歌。4番まであった。

…そうだっけ。

1番歌って、2番歌って、3番歌って、4番歌った。

…うん。

1番歌い終わったらまだ2番があった。2番歌ったらまだ3番があった。3番歌ったらまだ4番があった。

くりかえして。くりかえしながら、くりかえしながら、でもほんとは少うしずつ、少うしずつ、すこうしずつ……、離れていった。

  
 

  
あの賛美歌聞かせてあげたかったなと思って。

…うん…、でも、それは無理だろ。

…うん。

  
 

しばらく、黙って歩いている。
ふいに、

  
ライブの終わったあとってさ、

ん?

なんで拍手すんのかな。

拍手…。

うん。

なんでだろ…。よかったよ!っていうことじゃないの?

……フーさんの終わったあとって、なんで拍手しないのかな。

  
 

  
静かだったよね。

うん。

誰も、何も言わないし。

音もたてない。

アンコールがないからじゃない?

拍手したら…アンコールあったのかな。

アンコール…。

どんな唄、歌ったんだろ。

……何番まで歌ったんだろ。

1番で終わったんじゃないかな。最後は。

  
 

  
…どっちだかわからないだろうね。それじゃ。

一番歌ったとこで終わっちゃったのか、それだけは、最初から1番しかない唄だったのか。

…うん…。

  
 

駅までの道をだらだらと歩く。
空気は乾いているのに、なんだか汗ばんでくる…
気づかないうちに、梅雨はもう終わっていた。
そして、夏が来ていた。

終わり