232話(2000年9月8日 ON AIR)
「よるのなかのふたり」

作・

大正 まろん

登場人物

男(テル)
女(ヤエ)

  
 

夜。
砂浜を歩く二人。
穏やかな波音。
上弦の月が柔らかに光る。

  
夜の海ってさ…。

何。

…なんだか大きな生き物みたいじゃない。

そうかな。

夜にね、母さんが、泳ぎに行こうっていうの。

えっ今晩?

ううん、小さい頃。

そうしてまた?

…昼間だと、日焼けするから。

だからって夜、泳ぎに行くの?

本当はね…。

何。

ううん、なんでもない。

ん?

昼間はとてもきれいなのよ。ブルーっていうよりエメラルドグリーンっていうか。

今は黒いだけだね。

うん。分かるかな、あの辺り、大きな岩があるのよ。

うーん、なんとなく。

あの岩から向こうからは、泳いじゃいけないの。

なんで。

波がきついから。

へーえ。

事故もあったし。

そうなんだ。もうちょっと時期が早けりゃな…。

泳げなくて残念?

いや、まあ、お互い、8月は忙しかったからね。

テル君はあったわよね、お盆休み。

まあね、ヤエさん、忙しかったし。

うん。…ごめんね。

いやいいって、来年もあるんだし。

来年か。

  
 

二人は立ち止まる。

  
ここらでいいかな?

そうね、民家もないし。

行く夏を惜しんで、盛大にいきますか。

駄目よ、真夜中なんだから地味なのだけ。

真夜中ってまだ11時だよ。

この辺(あたり)じゃ、真夜中なの。

打ち上げ花火駄目?

駄目。

ロケット花火も…。

駄目。明日にしましょ。今夜はね…これ、線香花火。

(不満そうに)はーい。

…私すきよ。そういう顔。

そういう顔ってどういう顔?

暗くて、あんまり見えないけど、多分。

また、そうやって大人ぶる。

大人だもの。

3つしか違わないでしょ。

折角、好きって言ってあげたのに。

それはそれは、どうもありがと。(嫌みっぽく)

テル君、ライターかして。

つけたげるよ。待ってね。

  
 

  ライターを付けようとする男。

  
あれ…風が…なんで、つかない?

かしてみ。

ん。

  
 

女、器用に風をよけ、線香花火に火をつける。

  
ほら付いた。テル君この花火で付けなよ。

  
 

女、火のついた線香花火を差し出す。

  
いいって、自分で付けるから。

はいはい。

ライターかして。

はい。しばし花火を見つめる二人。

きれいだね。

ん、うん。

私ね、今でも浮輪がないと泳げないの。

  
 

男、少し笑う。

  
笑ったな。

海のそばで育ったのに。

うん。

俺、水泳部。

だったよね。確か

スイミング教室で教えてたし。

…一度溺れかけてから。

そうなんだ。

母さんと泳いでる時にね。

じゃあ夜?

うん、夜の海で。

それって、かなり怖いよな。

違うの。

何が?

溺れたから怖いんじゃなくて…。

ヤエさん、花火。球(たま)が、球、落っこちる。

  
 

線香花火の火球が落ちる。

  
あーあ。

(平然と)落ちちゃったね。

だってヤエさん落ちないように工夫しないんだもん。

工夫って?

微妙に、こう、斜めにして、バランスをとるんだって。

そんなことして、落ちてしまったらセツナイじゃない。

なんにもしないで落ちるのは、もっとセツナイじゃない。

じゃあ、テル君やって。

やりますよ。やりますとも。

  
 

ライターを擦る音。

  
(笑って)ムキになっちゃって。

…(舌打ちして)なんで、つかないかな。

あの岩から向こうにね、行った事があるの。

え。

母さんがね、ズンズン沖へ泳いでいっちゃうから、追っかけてったの。岩から向こうは温度が違ってた、ヒヤッとして、危ないぞ、危ないぞってどっかで思いながら、必死に泳いでたら、いきなり体が動かなくなっちゃって、私…。

泳ぎ、教えてあげますから、帰ったら行きましょう、プール。

快感?

へ?

気持ちがよかったの。ああこのまま、私は海に食べられちゃうんだなって。体が溶けてくみたいな。

気持ち、良かったんだ。

とってもね。

じゃ、本当は泳げるんだ。

どうかな。それから、浮輪を手放さないようにしてるから。

…ウミニタベラレナイヨウニ。

…うん。…気づくとね、母さんが、私をつかまえてた。
ギュッて掴んで、痛いくらいに掴んで、離さなかった。
それから、黙ったまんま、家に帰った。

そう。

あれ以来、母さんは泳がなくなった。

…あのさ。

なに?

俺は、なれないかな。

ん?

ヤエさんの浮輪に。

(笑う)

あーあ、、つまんないこと言っちゃった俺。

  
 

ライターをもてあそぶ男。

  
来年は…。

え…あっ、ついた。花火、花火。

  
 

男、線香花火をさがし、火を付ける。

  
(呟くように)一緒に泳げたらいいな。

  
 

燃え始める線香花火。

  
今なんか言った?

ううん、なんでもない。

(得意げに笑って)聞こえたもんね。

私もしようっと花火。

うん。

 おわり