234話(2000年9月22日 ON AIR)

「オープン・ザ・ドア」

作・花田 明子
登場人物
坂本(男)
飯田(女)
坂本が忙しく部屋を片付ける音が聞こえる。
ゴミをゴミ箱に捨てる音。散らかった雑誌を摘む音。
缶ビールをくしゃりとして袋につめる音。
グラスを流しに置く音。
そこは坂本の部屋。
ドア一つ隔てた向こうで飯田。
「ドンドドドーン」(飯田がドアを叩く音)
飯田
(声)まあだあですかあ?
坂本
ちょっと待って。後3分。
飯田
(声)ねえ、もうとっくに五分過ぎたよー。
坂本
しばし。あと3分。しばし待たれよ。
飯田
(声)もう、いいじゃない。適当で。
坂本
それは俺のポリシーが許さないの。
飯田
(声)そんなポリシーがあるくらいだったら普段から部屋、片付けなよ。
坂本
もっともな意見だ。しかし本当に後3分待つのだ。
飯田
(声)もう…
と、坂本、掃除機をかけ始める。
飯田
(大声で)ちょっと掃除機はいいじゃない。
坂本
そういうわけにはいかないよ。
飯田
(声)何でよ。
坂本
(掃除機をかけつつ)後3分だ。
飯田
(声)ちょっと!さっき3分だったんだから。あと1分半くらいでしょ。
坂本
細かいなあ。
飯田
(声)90、89、88、87、
坂本
おいおい。何の真似だ。
飯田
90秒数えたら帰るから。
坂本
おいおい。飯田。
飯田
(ちょっと寂しい声で)待つの嫌なんだよ、何か。
坂本
え?
飯田
(声)本当にドアが開くかどうか、怖いからさ。
坂本
…。
坂本、びっくりして掃除機を止め、ドアを開けた。
坂本
バカだなあ。おかしなこと言うなよ。
飯田
…。
坂本
おい、まさかお前泣いてんの?
飯田
(頭をおおっていた手を離して)何てな。
坂本
ああ、びっくりした。冗談か。
飯田
もちろん。そんなこという女じゃないさ。わたしゃあ。
坂本
うん。
飯田
てなわけで、上がるぞ。
坂本
あ、おいおい!
飯田
おじゃましまーす。
坂本
まったくやられたなあ。
飯田、部屋を見回している。
坂本
ビールでいいだろ?
飯田
うん…。
坂本
(冷蔵庫を開けながら)何?散らかった部屋だなあって思ってるな、さては。
飯田
いやいや思った以上にきれいだよ。
坂本
どんな部屋想像してたんだよ。
坂本、テーブルに缶ビールを二本置いた。
飯田
ううん、きれいだよ。
坂本
そうか?
坂本、流しのグラスを洗う。
坂本
いや、普段はもう少し片付けてるんだよ。今日は急だったからさ。
飯田
うん…。
坂本
何?何だよ。何かあるのか?
飯田
本が一杯。
坂本
ああ、他に時間の使い方が分からなくてな。
飯田
ふうん。
坂本、飯田のそばに座って、缶ビールを開ける。 坂本、ビールをグラスに注ぐ。
飯田
うちの本棚にそっくりだ。
坂本
何、この本棚?
飯田
いや、本棚じゃなくて本。ラインナップが似てる。
坂本
うん、そうか?
飯田
ポール・オースター。アーヴィングや村上春樹…それと
坂本
…えっと、取りあえず乾杯でもするか?
飯田
う。
二人 かんぱーい。 ビールを二人、飲む。
飯田
ぷはあ。やっぱり夏はそろそろ終わりそうだけど、ビールはいつ飲んでもおいしいなあ。
坂本
おいおい。
飯田
でしょ?
坂本
それはそうだけどさ。ああ、何かびっくりした。
飯田
何が?よく飲むから?
坂本
いやそうじゃなくてさっきさ。
飯田
さっき?
坂本
いやマジで泣いてんのかと思ってさ。
飯田
(笑って)そんなわけないじゃん。
坂本
だよな。
飯田
うん。
坂本
だよな。
飯田
うん。
坂本
だよなって思うんだが、泣いてたろう?
飯田
(笑って)何でよ、このロマンチスト。
坂本
いやいや。…泣いてないにしろ泣きそうだっただろう?
一瞬の間
飯田
すごいなあ。
坂本
え?
飯田
本棚が似てるからかなあ。
坂本
何でだよ。
飯田
実はまあちょっとな。
坂本
ふうん。どうして?
飯田
うん…。
坂本
(慌てて)いやハードな話だったら無理しなくていいぞ。別にちょっとあれなだけだから。
飯田
うん。
坂本
まあ、生きてるといろいろある(し、)
飯田
(坂本の話を途中で切って)前にドアが開かなかったことがあったんだよ。
坂本
ドアが開かなかった?例え話か?
飯田
ううん、本当にドアが開けられなかったって話。
坂本
何かせつない感じだな。
飯田
別に相手に悪気があったわけじゃないんだ。
坂本
うん。
飯田
家に遊びに行く約束をしてたんだ。
坂本
男だな。
飯田
随分昔の話。
坂本
うん…。
飯田
私も事前に確認の電話をしたらよかったんだけど。
坂本
うん。
飯田
食事の材料買って、家のチャイムを押したのに全然出て来ないんだ。
坂本
うん。
飯田
電話をしてみたら留守電でさ。
坂本
うん。
飯田
携帯に電話したら「電源が入っていないか、電波の届かないところに」って聞こえて来て。
坂本
うん。
飯田
どうしたらいいのか分からなくて、しばらく家の前で待つことにした。
坂本
うん。
飯田
二時間近く待ったけど帰ってこなくて、連絡も取れなくて。結局、家に帰ったんだよ。
坂本
何だかな。
飯田
まあね。結局10時を過ぎたくらいに電話がつながったんだ。
坂本
忘れてたのか?
飯田
うん。「あ!」って大きな声がして、その後「今日だったっけ?」ってさ。
坂本
嫌な奴だなあ。
飯田
そうじゃなくてさ。出張だったらしくてさ。
坂本
それにしたって忘れてるなんて腹立つじゃないか!
飯田
あなたが腹立てなくてもいいよ。
坂本
だって腹立つじゃないか!
飯田
いや、それがさ、腹立つって言うのは全く無くて、哀しくてさ。
坂本
いやでもその前に腹立つ(じゃないかと言おうとした)
飯田
いや哀しかったんだよ。
坂本
うん、いやでもさ、
飯田
要は重さの違い。優先するものの違い。価値観の違い。
大切かどうかの違いなわけだ。
坂本
…まあそうだけどさ。
飯田
認めるってことは何て痛いんだろうって思ったよ。
坂本
…。
飯田
これから何度も開いていると信じていたドアが閉まっていることがあるんだろうと思ったら、何か一杯になっちゃってさ。
坂本
何言ってるんだよ。
飯田
もう嫌だな。もういいなって何回もそう思った。
坂本
ちょっと待て待て。
飯田
いやこれは過去の話だよ。
坂本
そうか?そうは聞こえなかったよ。
飯田
いやドアはいつだって閉まっているかも知れないんだよ。
坂本
そんなことないよ。
飯田
でもそれだって認めんといかんのだよ、絶対に。
坂本
ちょっと待て飯田。
飯田
え?
坂本
「俺はドアをちゃんと開けたじゃないですか。」
飯田
ああ、うん。
坂本
掃除機の途中にポリシー曲げて開けたじゃないですか。
飯田
ハハハ。うん、まあね。
坂本
何もかもつなげて考えるなんて俺に失礼です。
飯田
ああ、そういうつもりじゃないけど、
坂本
いや失礼だ。ドアは開いたろう?
飯田
…うん、まあ開いたね。
坂本
まあ、開いたじゃない。開いたんです。僕が開けたんです。
飯田
うん…。
坂本
開いたってこと。開いたんだよ。認めろよ。
飯田
うん…。
坂本
オープン・ザ・ドア。
飯田
はい…。
坂本
なあ?ドアは開いたんですよ。
飯田
ロマンチストだなあ。
坂本
まあ人は俺をそう呼ぶね。
飯田
もうちょっとビール、飲んでいい?
坂本
何でだよ。
 おしまい。