236話(2000年10月6日 ON AIR)
「靴」

作・

久野那美

 

男は気になって見ている
女はやがて砂に足をとられて転んでしまった 箱の中身が砂場に散る

  
あ・・・。

ああ。

(男に気づいて)すみません。

いえ・・・、大丈夫ですか?

ええ。

ここに、入れるんですか?

ええ。すみません。

女を手伝って箱の中身を拾い集める

  
 

しばらく

  
何ですか?

え?・・・靴です。

こんなにたくさん?

たくさん?

・・・どうしたんですか?これ。

拾ったんです。

どこで?

ここで。

海で?

ええ。波に運ばれてきた靴。濡れてるから広げて乾かしたんです。
昼間の砂はあたたかいから。

・・・こんなにたくさん?

そんなにたくさんありますか?

種類も、形も、大きさも・・・。

種類も、形も、大きさも・・・。

あなたの靴ですか?

拾ったものは私のものでしょうか?

・・・。

どうして、拾うんです?

落ちてたから。

拾って、どうするんです?

集めて乾かしてみました。

どうして?

(困っている)ぬれてたから。

どこへ運んでいくんです?

・・・どこって(笑っている)。

なんですか?

いえ。

・・・。

  
 

女は立ち上る

  
涼しくなりましたね。

え?

夕方は、寒いくらい。

・・・。

もう波の音はこれくらい大きくて。

・・・。

靴が砂を踏む音もちゃんと聞こえる。

・・・どうして・・・。

散らかしたものは片づけないと。

・・・。

時間かかっても。ひとつずつ。

・・・。

  
 

女は箱を持ち上げる

  
もう行きます。

乾かさないんですか?

え?

まだ濡れてる靴もあるのに。

ええ。(残念そうに)。

どうして?

だってしかたないんです。

もうすぐ、日が暮れるから。

日が暮れると何が?

また湿ってしまうでしょ。

・・・。

乾いてる靴もあるのに。

・・・。

手伝ってくれてありがとうございます。さようなら。

あ。

  
 

女は振りかえる

  
じゃあ。また。

え?

たくさんの靴を抱えて彼女はいってしまった。砂の上にまがりくねった足跡を残して。
波がそれを端からひとつずつ消していく。追いかけることはできなかった。

同じ光景を。見たことがあるような気がした。僕はここに立っていて、遠くを見ていて。
彼女は靴を抱えて闇の中へ歩いていく。たくさんの靴。誰かの靴。片方だけの靴。
大きさの違う靴。ひものちぎれた靴。破れた靴。汚れた靴。場違いに新しい靴。
見たことのない靴。見たことのある靴。見たことのない人がはいていた、
どこかで見たことのあるような気がする靴。

波音がだんだんに大きくなってきた。なんだか肌寒い。気がつくと。
やわらかな潮の香りは消えていた。鼻の奥を突く透明な風の匂いがした。

もうすぐ日が暮れる。僕は砂を鳴らして立ち上った。