241話(2000年11月10日 ON AIR)
「たき火」

作・

久野 那美

  
 

男 ふきっさらしのバス停でバスを待っていた。前の空き地で、誰かが火を焚いていた。大きなトラム缶から白い煙がもくもくと上がっていた。

  
どうぞ。あたってください。

・・・え?

バス、遅れてるみたいですよ。

・・・ああ・・・そうなんですか・・・。参ったな。

寒いでしょう。どうぞ。

すみません。・・・たき火ですか・・・。

ええ。いらないものを燃やしたくて。

大掃除ですか?

ええ。仕事を変わることになったんで・・・。今日は大掃除。

ああ。そうなんですか・・・。

ええ。今日でおしまいなんです。だから・・・。

そうですか。ご苦労様でした。

いいえ・・・。さあ、どうぞ。

  
 

ふたり、黙って焚き火を見ている。ぱちぱちぱち・・・ドラム缶の中で炎がはぜる。しばらく。

  
・・・何を燃やすんですか?(何気なく)

・・・ゆうびんです。

え?

ゆうびん屋だったんです。

・・・ゆうびん・・・?

・・・ええ。

・・・燃やすんですか?

ええ。もう、持って歩くことができないので、燃やすことにしたんです。

え?

ずうっと、持って歩いていたゆうびんがあるんですけど、もう、もって歩くことができないので。

・・・どうして、届けなかったんですか?

届けることができなかったんです。

どうして?

宛先が書いてなかったんです。

・・・宛先が?

ええ。

差出人は?

差出人も。

・・・。

一日の仕事が終わって。うちへ帰るとき、いつもそのゆうびんだけが鞄の中に残りました。届けることができなかったんです。最後まで・・・。

  
 

  
いつから、持って歩いてたんですか?

いつから・・・。ずうっと昔です。

ずうっと、昔・・・。

  
 

男、何か考え込んでいる

  
どうしたんですか?

いえ・・・。

  
 

男、何か考え込んでいる。しばらく。

  
それは・・・。私のところに届くはずだったゆうびんなのかもしれません。

・・・。

だけど。そのゆうびんは届かなかった。

・・・。

だから私は・・・。

・・・。

もし、届いてたら・・・。(男は混乱している)

(笑っている)

  
 

  
なんですか?

・・・最後の最後まで・・・。

え?

ゆうびんを届けていると、いろんな人に会いました。

・・・。

この話しをすると、みんな、あなたと同じことを言いました。

え?

  
 

  
ですけど・・・。私が届けることのできなかったゆうびんは、その1通だけだったんですよ。

・・・。

  
 

ふたり、黙って煙を見ている。しばらく。

  
あの。

はい?

開けてみたことはないんですか?

え?

その・・・ゆうびん。

ありません。

届けるのが仕事だから?

そうです。

でももう、届けることができないんでしょう。

開けてみればいいのに。

・・・え・・・。

開けてみようと思ったことないんですか?

ありません。

どうしてですか?

「私のところに届くはずだった郵便なのかもしれない」と言ったひとは大勢いましたけど。

・・・。

中身を見せて欲しいと言った人は誰もいませんでした。

・・・。

  
 

  
だけど、燃やしてしまうのなら、その前に一度開けて見たっていいじゃないですか?だって、あなたはずっと、それをもって歩いていたんでしょう?あなたには、それを開ける権利があるような気がします。

権利・・・。

気になりませんか?だって・・・。

  
 

女、煙を見ている。手に持った手紙を、ふと炎の中へ放り込んだ。

  
あっ・・・。

  
 

ぱちぱちぱち・・・。手紙は端からゆっくりと焦げていく。ふたり、呆然とそれを見ている。

  
・・・燃えてますよ。

燃やしてるんです。

・・・。

もう、もって歩くことができないので。燃やすことにしたんです。

  
 

  
わからない。どうして・・・、開けてみなかったんですか?

どうして?

ええ。

あなたは開けてみたかったんですか?

いいえ。私は。

ほら・・・。

だけど、あなたは・・・。

  
 

女は男に向き直り、かすかに笑っている。

  
「どうして開けてみなかったのか」?

・・・。

・・・・・私のところに届くはずだったゆうびんなのかもしれないからです。

え・・・。

  
 

バスの止まる音。ドアが開き・・・やがて・・・。

  
バス、来ましたよ。

あの・・・。

バス・・・。

どうして、やめるんですか?

え?

ゆうびん屋・・・。

他の仕事をするからです。

それは・・・。

  
 

ブッブー。クラクションの音

  
さようなら。

・・・。

言葉がみつからないまま、私はバスに乗り込んだ。バスの中は暖かかった。後ろの窓から見える景色は、たき火の煙で白くにごっていた。聞きそびれたことがあるような気がした。でもそれがなんなのか、わからなかった。

  
  
終わり