第246話 (2000/12/25 ON AIR)
「二人だけの忘年会」 作/四夜原茂

  少しにぎやかでもよい。ここはカニを食べさせるみせ。時節柄、忘年会を開いてるグループも多い
すみませーん。遅くなっちゃいましたー。あれ?山田君。君だけなの?
はい。
他の人は?
それがですね。みんな都合悪くなっちゃったらしいんですよ。
えー?みんな?!
さっきから僕の携帯鳴りっぱなしなんです。松田さん。横山さん。安田さん。ああ、それに佐々木課長、みんなダメになっちゃったみたいなんです。
なによ、それ、じゃ、今日は山田君と私だけでやるの?
キャンセルして帰りましょうか。
でも、これどうするのよ。もう準備できてるみたいじゃなの。今さらキャンセルってわけにはいかないんじゃないの?
やっぱり。煮えちゃってますからね。もう。待ってる間、ヒマだったから、ひと皿分鍋にほうり込んじゃいましたよ。ええと、そろそろ食べごろじゃないかな。
ナニナニ。何が煮えてるの?
カニです。
キャー。カニかー。食べよ、食べよー。もう誰も来なくていいわよ。カニがあるんだもん。
牧野さん。カニ、好きなんですか?
あたり前じゃないの。カニが嫌いな人なんか居るわけないでしょ。・・・まさか、山田君。
いや、嫌いってわけじゃないんですが、僕、鹿児島生まれだし。
え?食べたことない?はじめてなの?
まあ、そんな感じです。
なんてもったいない人生なの?カニを知らないまま何十年も行きてるなんて。さあさあ、食べてみましょう。
なんか、グロテスクじゃないですか、カニって。
なに言ってるの、私が教えてあげるわよ。おいしい食べ方。きっとヤミつきになるね。ふふふ・・・。どれどれ、フタとってみようかなー。
  グツグツ。鍋の音
うっわー。カニだらけ。野菜とかトーフは?
ええ?!いっしょに入れるんでしたか?
は、は、はじめてだわ。カニだらけのカニスキなんて。やる気出て来ちゃった、あたし。おお、肉がもり上がって、今が食べごろって感じよ。ほら。これも。これも、これも。はい。
あ、ありがとうございます。これ、どうするんですか?お箸で身をほじくり出して食べるんですかね。
なに言ってるのよ。そんなまどろっこしい食べ方じゃダメよ。こうやって、両手に持って、むしゃぶりつくのよ。いい、見てるのよ。こうよ、こう。
  女、カニのアシにむしゃぶりつく音
はあ、むしゃぶりつくんですね。
そう。本能をむき出しにして食べるものなのよ。カニは。
本能でむしゃぶりつく・・・、やってみます。く、く、くわーー!
  男、むしゃぶりつく、はげしい音
いい。山田君。いいわよ、それそれ。どう?どんな感じ?
ん・・・ん・・・。プ、プ、プリプリだ。プリプリしてて、甘いです。なんてすばらしい食感なんだ。
そうでしょ?今のはカニの太ももよ。やっぱり太くて大きい方がおいしいわよね。こんな細いやつもあるけどいまいちだと思わない?
そんなに細いと食べるとこないですね。
そう。そうよ。太ももは、太い方がいいのよ。そうでしょ?(むしゃぶりつく)
はい牧野さん。(むしゃぶりつく)
ようし。山田君、お酒。
はい。ここに熱燗が来てます。えー?!それに入れるんですか?
そうよ。甲羅に熱燗を入れてカニミソとともに飲む。ほら、どんどん入れて。
は、はい。(トクトクトクと入れる)
(ウグウグウグと一気飲み)・・・カー。
すごい飲みっぷりですね牧野さん。
だから言ってるでしょ、カニは、本能をむき出しにして食べるもんだって、ほれ、山田君も一杯やりなさい。
は。いただきます。(トクトクトク)(ウグウグウグ)カー。
そうそう、やるじゃないの。ちょっと暑くなって来ちゃったわね。脱いじゃおう。山田君も、上着とか脱いじゃおう。お汁とかがついちゃうと困るし。
はい。脱ぎまーす。くわくわくわー!!
すごい脱ぎっぷり。それ本能?
はい。あれ?牧野さん、それも脱ぐんですか?
おっと、いけね。ブラウスまで脱いじゃうところだったぜ。 
あの。これ、何ですか?これは太ももじゃないですよね。なんか、塊まりなんですけど。
そうよ。そこがカニの核心部分。
核心部分?
そう、太ももより美味な部分。足のツケ根じゃないの。
足のツケ根。こんなふうになってるんですか。知らなかったなあ。なんかゴチャゴチャしてますね。どうやって食べるんですか?
まずフンドシを取ります。
フンドシ?
そう。これよ。これを本能でむしり取る。ベリベリベリー。
本能でベリベリベリー。
するとほら、やわらかくなったでしょ。太ももよりジューシーなお肉がたっぷり。
ほんとだ。そしてここに本能のおもむくままむしゃぶりつくわけですね。
ただし、やさしくね。あんまりはげしくやると薄いカラがこわれちゃって、バラバラになるわよ。舌と歯を使ってやわらかい肉をお汁とともに吸いとる、わかった?
わかりました。
  ジュルジュルジュルー。ジュルジュルー。と吸い込む音
どう?
いいです。とっても。
  ジュルジュルジュルー。ジュルジュルジュルー。
ああー。
  ジュルジュルジュルー。
ふふふふ・・・。思わず無口になっちゃうわね。
はーはーはー(息が荒い)。なんか、熱中しちゃいますね。
いいのよ。本能なんだから。さてと、仕上げには、あったあった。これこれ。
カニのハサミ?
そう。カニツメの中のお肉は、パラパラしてて食べにくいのよ。だからこうやって・・・。
しゃぶる。
そう(口に何か入ってる)
か、固いですね(口に何か入ってる)
舌を使って、かき出す(口に何か入ってる)
はーい。(口に何か入ってる)
山田君は、最近いいことあった?(口に何か入ってる)
ないですねー。どうしてです?(口に何か入ってる)
いや、だって忘年会なんでしょ、これ。(口に何か入ってる)
あ。そうか?牧野さんはどうでしたか、この一年。(口に何か入ってる)
  あたしかあ、仕事、仕事で追いまくられてたいへんだったなぁ。(口に何か入ってる)
でも充実してた?(口に何か入ってる)
そうね。ある意味充実してたんだけどなんかね・・・(口に何か入ってる)
なんか、なんですか?(口に何か入ってる)
ドキドキしたこととか、ワクワクしたこととかなかったような気がするんだよね(口に何か入ってる)
ドキドキ、ワクワクかあ・・・。僕はありますよ。(口に何か入ってる)
なに?(口に何か入ってる)
カニです。今日牧野さんに、本能で食べるんだって教えてもらったし。けっこうドキドキワクワクでした。
あそう。ね。カニってやみつきになるでしょ。
ええ、カニもいいんだけど、本能むき出しってのが・・・。
よかった?
とっても。
さあ、次はゾースイよ。
どっか行きませんか?
え?
いや、ゾースイの後、牧野さん、何か予定ありますか?
行こうか。
ちょっと暗いんだけど、いい店あるんですよ。
暗いと本能のおもむくままに行動したりして?
いいですねぇ。さあ、早くゾースイ食べちゃいましょう。
 
おわり