250話(2001年1月12日 ON AIR)

「For You」

作・佐島 豊
デパートのトイレ(個室)やっとの思いで解放の地を探し当てた男の名はミツル 今、まさにズボンをずらし、便座に落ち着いたところ
ミツル
(息も絶え絶えに)ふ~、(唾をごくり)助かった・・・。絶対昨日のかまぼこだ。ったくよー、正月だからって手抜いてんじゃねーよ。
と、ミツルの携帯が着信する
ミツル
(心の声)う``っ、しまった。マナーモードにするの忘れてた。なんでよりによってこんな時に。
ミツル、携帯を手に取る。
ミツル
(心の声)しかも、奈々子じゃねーかよ。ちくしょー、新年早々ついてないぜ。どうする?考えろ俺。今ここで出るべきなのか?当たり前じゃないか。相手は奈々子だぞ。いやちょっと待て。冷静になるんだ。トイレの大の方で喋るっていうのはどうなんだ?イケてるのか?考えろ。仮に俺がトイレに入って個室から喋り声が聞えてきたら・・・。だめだよ。無茶苦茶怪しいじゃないか。いや、ちょっと待て。個室から電話の音が鳴り響いてるっていうのはどうなんだ?それはそれで怪しいじゃないか。不振に思われて店員に通報されるかもしれない。じゃあ出るしかない・・・、待つんだ俺。出ていいのか?相手は奈々子だぞ。今から初デートで初詣に行くんだぞ。カウントダウンイベントでの輝かしい出会いをこんな所で棒に振っていいのか?まさか、
ミツル、時計を見る
ミツル
(心の声)しまった、約束の時間を過ぎてるじゃないか。そうか。奈々子はもう待ち合わせ場所についてるんだ。それなのに俺の姿が見えないから電話してきてくれてるんだ。あぁー。いい子だ。まさかここで電話に出て、今トイレで気張ってるから遅れるなんて言えるのか?だめだ。それだけはできあに。寒空の下で、俺のことを待ってくれてるんだぞ。よし。出よう。出るしかない。
ミツル、受信する
奈々子
もしもし。
ミツル
(小声で)もしもし。
奈々子
もしもし。
ミツル
(小声で)もしもし。
奈々子
もしもし?聞えてますか?
ミツル
(小声で)ああ、聞えてるよ。
奈々子
あれ?もしもし?
ミツル
(ちょっと大きな声で)すまない。今、ちょっと、手が放せなくて。
奈々子
え、ごめんなさい、ちょっと電話遠いみたい。あの、あたし今駅降りたとこにあるコンビニに来てるんですけど。
ミツル
(ちょっと大きな声で)今、ちょっと手が放せない。
トイレの中に足音が聞える
ミツル
(心の声)しまった。人が入ってきたじゃないか。あー、ちくしょー、なんとかしないと。そうだ。水を流そう。水の音がすることによって、俺は多少大きな声で喋っても外の人には聞えないはずだ。
ミツル、トイレの水を流す
ミツル
(かなり大きな声で)もしもし、奈々子ちゃん。ごめん、今ちょっと手が放せないんだ。もうすぐ会いにいくから、だからちょっと待ってて。
水の音が止まる
奈々子
え?もしもし?ごめんなさい。なんか雑音が大きくて聞えなかったんですけど。
ミツル
(心の声)しまったー。逆効果だ。俺の声までかき消されてしまったじゃないか。
トイレのドアをノックされる
ミツル
(心の声)え?・・・違う。違うんだ。今の水は違うんだ。俺は、俺は決して用が終わったわけじゃないんだ。あー、ちくしょー、八方塞がりだ。くそ、肛門まで塞がってるじゃねーかよ。おい、お前はいいんだ。お前は出てくれ。な、早く出てくれよ。あー、動け俺の腹、考えろ俺の頭。機転をきかせろ。そうだ!
ミツル
(電話に向かって大きな声で)すいません、紙がないんでちょっと取ってもらえませんか?
奈々子
え?かみ?かみって何ですか?
ミツル
え?あー違う、君じゃない。君じゃないんだ。
奈々子
え、きみ?かみ?え、どっち?
トイレの外も、ざわついている
ミツル
(トイレの外に向かって)ちがーう、今のはあなたに言ったんじゃない!言ったんじゃないって言うのは、君じゃないってことで、だからあなたには紙を持ってきて欲しいんだ!
奈々子
どうしたんですか?
ミツル
いや、何もない。心配かけてごめん。でも大丈夫だから。すぐ行くから。
奈々子
何かあったんですか?
ミツル
いや、何もない。大丈夫。今ちょっと出れなくなって。うん、ホントに。出れないだけだから。すぐにでも行きたいって気持ちはあるんだけど、ホント、出れないだけだから。(トイレの外に向かって)だから今のも違う!俺は出れるよ!閉じ込められてるわけじゃないんだ!今すぐにでも出れるんだ!だからおとなしく待ってろよ!(お腹に)おい、早く全部出てくれよ。な、お前さえが出てくれれば何もかもすっきりするんだよ。
奈々子
なんか、あたし遊ばれてる?別にいいですよ。そんな無理して来てもらわなくても。
ミツル
違うんだ。奈々子ちゃん。ホントに違うんだ。待って。ちょっと、ホントに待って。
電話が切れる
ミツル
違うのに・・・。君のためなのに・・・。全部君のためなのに・・・。