264話(2001年4月20日 ON AIR)
「見知らぬ女」

作・

岩崎 正裕

  
 

どこともしれぬ、夜の山合いを走る列車。座席に眠る男と女。カーブで車体がガタゴトと揺れて、目を覚ましたのは男。

  
あれ、まずい。また寝過ごしたか。どこだ、ここは。・・・山ん中、うわ、田んぼ今何時だ?時計、時計は・・と、かばんの中か。あれ、かばんもない。・・・何だよ。誰も乗ってないじゃないか。何だよ、この電車。

  
 

ディーゼル車の汽笛

  
ウ、ウウン・・・

誰だ、肩にもたれているこの女は。おい邪魔なんだよ。起きてくれよ。なれなれしくすんなって。誰だよ、お前。俺、どっかの駅で降りて引き返さないと、明日の仕事が・・・。

あれ、起きてたの。

え、あ、はぁ。

どうしたの、変な顔して。

あの、ここどこでしょう。

いやだ、あたしのこと覚えてないの?

え、知り合い?

ふーん、そうか。忘れちゃったか。うたた寝してる間に、全部。

あの、俺、飲んでますよね、ずいぶん。

うん。そうみたいね。あたしも飲んでるけど。

飲みやで会ったんでしたっけ?

もう・・・。

失礼したんなら謝ります。ごめんなさい。で、今この電車、どの辺走ってるんでしょう?

おしえてあげない。

じゃあいいです。車掌に聞いてきます。

いいから、座りなさいよ。もうすぐ着くから。

・・・どこに?

ほんとに覚えてないの。

ごめんなさい。

これは重症ね。

・・時計、なくしちゃって。これ、折り返しの電車ありますよね。

どこへ引き返すのよ。

いや、だから自分の部屋に。大阪まで戻れたら、後はタクシー・・。

今からは無理ね。

・・もしかしてこれ、回送電車じゃないでしょうね。今から車庫に入っちゃうとか。

だったらどうするの?

・・どうしようもない、ですね。

  
 

鉄橋を渡っているのか、聞える音のリズムが変わる。

  
昔ね。夜中に、もう電車なんか走ってるはずのない時間に、あたし見たのよ。車両の電気、全部つけたまんまで、ゆっくり走っていく電車を。

・・回送電車でしょう。

あたしもそう思ったの。でもドアのところに、ネクタイしめたおじいちゃんが立ってたの。ぼーっと、淋しそうに外見ながら。あたしみつけて、手をふってくれた。

・・その、駅員とか、保線区の人とか、そんなんじゃないんですか。

そうね、今考えればそれが自然だと思う。でもね、何故だかそのとき思ったのよ。夜中にそうやって、誰も知らない間に、人を連れていく電車があるんだって。向こう側へ連れていく、淋しい電車が。

やめてくださいよ、気持ち悪いなあ。

この列車も、そう見えるんじゃないかなあ。もし、外で見てる人がいたら。

誰も見てるわけないでしょう。こんな山ん中。

  
 

トンネルに入る列車

  
本当に思い出さない?前田君。

え、俺の名前。

中学の時だもんね、しょうがないか。

ああ、同窓会・・・

さっきまで、あたしのとなりで飲んでたのよ。あなた、いい調子で。

ああ、そうか、連休か。それで、俺・・。

次が、ナカセ、あたしが降りるのは三つ向こうのニッタ。

仕事帰りの終電かと思って、焦った・・。

あたしが言ったことも覚えてないんでしょう。

なに。

好きだったって。昔々・・。

・・・。

あたしの顔も、名前も、誰だったかも覚えてないんでしょう。

・・・次の、ナカセで降りるか、飲み直そう。

どこでよ。お店なんてあるわけないでしょう、こんな田舎町。

うちへこいよ。何だったら泊まっていけばいい。

ありがとう。でも遠慮しとく。

なんで?おふくろ一人だし、別に気にすることないよ。

あたしもお母さんなの。二人の子供と、かわいいダンナがあたしの帰りを待ってるわ。

・・・そうか。

向こう側まで来ちゃったね。

え?

トンネル越えたから、すぐにあなたが降りる駅よ。

  
 

汽笛、速度を緩める列車