第267話 (2001/5/11 ON AIR)
「月輪と自転車」 作/樋口美友喜

  キコ キコ キコ キコ
ペダルをこぐ音
自転車の車輪がまわる音
少年の熱を帯びた息
その自転車の荷台に乗って足をぶらぶらさせている小さな女の子
女の子 いつになる?つくの?ゆうえすじゃい・・・
少年 もうすぐ。
女の子 もうすぐ。さっき、ゆった。
少年 だからもうすぐのもうすぐ。
女の子 とけい、何回もぐるぐる回った。
少年 うるさい。
女の子 おひさん、どっかいった。
少年 うるさい。
女の子 くも、ねずみいろになってる。
少年 うるさい。
女の子 もう、おなか、ねむい・・・。
少年 お腹へってるのか、眠いのかどっちやねん。
女の子 どっちも。
少年 もうすぐやから黙ってろ。お前乗せたってるやろ。俺こいでるねんぞ。
女の子 あー・・・もー、もー、もー、かーえーるー。おなか、ねむいから、かえるねん。
少年 文句言うな。
女の子 だって、つかへんやん。
少年 ちゃんと地図見ながら行っとるねん。大丈夫や、自転車でもいつかは着く。電車代足らんかってんからしょうがないやろ。
女の子 いい、もういい・・・ゆうえすじゃい・・・もういいねん。
少年 わかった。じゃあ帰ろっか。そうしよ、帰ろ、帰ろ。
  と、ブレーキをかけた
女の子 あ・・・。
少年 残念やなぁ。空とか飛べるのになぁ。月、横切るのになぁ。でも帰ろ。水しぶきがばっさーん、火がメロメロ、ハラハラドキドキやのになぁ。でも帰ろ。
女の子 う・・・。
少年 何やねん?帰りたいんやろ?
女の子 ううー。
少年 帰るんやろ?
女の子 んん~、ごーるでんになおちゃん「ひかり」のった。みきちゃん「でぃずにー」のったって。あたし、ずっとおうちでなむなむ。
少年 だから今日、せっかく俺のあり金使って連れて行ったろうと思ってたのに。
女の子 ちがうもん。
少年 何がやねん。
女の子 ごーるでんにゆうえすじゃいのやくそく。
少年 今日がゴールデンやと思ったらええやんけ。
女の子 それとちゃう。
少年 だから、無理やったから俺が・・・。
女の子 ちがうちがうちがう。
少年 ・・・。
女の子 だって、ひとつ、ふたつ。あれ?ひとつ、ふたつ・・・。
  少年と自分を指して数える
少年 ひとり、ふたりの間違いやろ。
女の子 はぁ、まちがい。ひとり、ふたり・・・なんで?なぁ、なんで?
少年 しゃーないやろ。おかんは・・・今疲れてるねん。いろいろ。
女の子 なんで?
少年 なんでって・・・。
女の子 なんで、なんで、なんで?じゃあ、なんで、おとー・・・
少年 もう、うるさいねん!
  女の子、少年の大きな声に小さな体をこわばらせた
女の子 いや。もうくらいし、こわいし、いや。
少年 ごめん。
女の子 いや。
少年 泣くなや。
女の子 こわいかお、いや。
  そういって女の子はうつむいた
ただ黙って、少し風が吹いた
少年は小さなため息をひとつ
少年 あんな、お正月にテレビでETやってたの憶えてるやろ? 
女の子 しらん。
少年 知らんふりしてもあかん。お前ET好きなくせに。
女の子 ふん。
少年 あれやん。ET迷子で、帰りたいけど何か色々あって、一回死んでしまうやん。ちゃんと行き返るけど。ほんで・・・。
女の子 しぬ?
少年 そっか、お前、まだ分からんもんな・・・。
  少年は“チリン”と一回ベルをならした
少年 ほら、そのあとの自転車で走るところ好きやって言うてたやろ。
  ペダルをこぎはじめた
少年 映画と同じやぞ。チャリのかごにET乗っけて走るところ憶えてないか?
女の子 ふんだ。
少年 こうやって森までチャリでめっちゃ走るやろ。
  キコキコさっきよりも速く
女の子 ちがうもん。
少年 え?
女の子 もっとはやかったもん。
少年 何やねん。ちゃんと憶えてるやんけ。
女の子 もっとはやいの。
少年 はいはい。行くで、飛ばすぞ。
  キコキコさっきよりももっと速く
少年は力強くペダルをこいだ
女の子 はぁっ!?はやーい。
少年 な?同じくらい早いやろ。
女の子 うん。はやいはやい。
少年 急いで走らなET捕まえられてしまうからな。
女の子 はしるはしる。
少年 森にUFOが迎えにきてくれるねんで。
女の子 うほー。
  キコキコさっきよりももっと速く
少年 でも気抜くなよ。追いかけてくる奴とかおるから、めっちゃ走らなあかんぞ。
女の子 はやくはやく。
少年 夕日もどんどん沈む。
女の子 くらいくらい。
少年 ええ感じや。UFOは夜に来るって決まってるしな。
  キコキコさっきよりももっともっと速く
少年 道路つっきって、森までまっしぐら。
女の子 びゅーんびゅーん。
少年 急がな。
女の子 いそいでいそいで。
  キコキコさっきよりももっともっともっと速く
少年 と思ったら挟み撃ちや。
女の子 とうせんぼや。
少年 ライフル持ってるぞ。
女の子 とまるの?
少年 あかんって。捕まってしまう。
女の子 どうしよ!
少年 ぶつかるー!
女の子 きゃあー。
少年 はい、そこで音楽。
少年・女の子 ちゃ~ら~、ららららら~、ら~ん、ら~、ら~・・・。 
  ふたり同時にテーマソングを歌って、自然に笑いがこぼれた
  けれど、次第にその笑い声は女の子の声だけに
女の子 とぶとぶとぶねん。ひゃぁ~たかいでー。おつきさんまで~、あたししってるー。いーてーしってるねーん。なぁ、にいちゃ・・・。
  少年はキキキーと急ブレーキをかけた
女の子 にいちゃん、どした?
少年 チャリはふわぁって空飛ぶねん。挟み撃ちしてる奴らの頭の上を、ふわぁって。ET、何でもできるからな。チャリで空飛ぶことも、怪我だって治すこともできるしな。でも俺、ET違うから、このチャリは飛ばへんし、怪我も治されへん。治されへんねん。何もできひんかってん。
  少年の声が震えた
女の子は少年の顔を一生懸命覗き込んだ
なんとびっくり
女の子 はぁっ!?にいちゃん!!どうしたんや?だれかにおこられたんか?しんどいんか?
少年 だって俺子供やもん、何もでけへんやん。
女の子 できるできる。にいちゃんなんでもできるの。
少年 だっておとんの代わりは・・・無理や・・・
  最後の言葉はほとんど聞き取れない
女の子 うん?
少年 あんなぁ・・・。
女の子 あ!
少年 何?
  女の子、空を指さした
女の子 まんまる。
  指さした紺色の空を見上げると、まあるい、まあるい月がそこに
女の子 いーてーのとおんなじ、まんまるや。すごーい。すごいなぁ。
少年 ・・・。
女の子 にいちゃん。みてみて。あのまんまる、にいちゃんがつれてきてんで。
少年 え?
女の子 たいや、ぐるぐるして、いっぱい、はしったから。だからまんまるみつけられたんやで。だから、だからな、えーっと・・・
  一生懸命に言葉を探す女の子
女の子 なでなでしたろか?
  やっと見つけ出した言葉に少年は顔をあげた
そして
少年 あほか。・・・大丈夫やで。
  少年はもう一度しっかり月を見上げ
深呼吸ひとつ
少年 よし、行こか。
  ゆっくりベダルをこぎはじめる
荷台ではやっぱり女の子は足をぶらぶら
月はその先の道を照らすように
明るく明るく、そこにある
 
おしまい