第270話 (2001/6/1 ON AIR)
「雨の日のお楽しみ」 作/四夜原茂

  雨の音。はげしい。部屋の中。ノック。またノック。男が目をさます
ん、ん、ん、ファ~。だれだよ、こんな朝早く。
  ノック
はいはーい。
  ガチャリと扉を開けると、ドッと雨の音が流れ込む。傘をさした女が立っている。
あ、あれ?
来ました。
「来ました」って・・・えぇ!?
だからね。来ちゃったのよ。約束してたでしょ。
あ、ああ、約束はしてたけど、こんな朝早くだったっけ?
ええ、7時って。
7時・・・。
そう。
あ、午前7時ってこと?
そう。
まいったなあ、オレはてっきり午後だとばかり思ってたよ。
そうだと思う。あなたは午後7時のつもりで「7時にね」って言ったのよ。でも私は、それを朝の7時と勘違いして来ちゃいました。
なにそれ。なんなんだよ、その説明。それじゃ最初っから・・・。
ふふふふ・・・。入っていい?
ええと、ちょっと待っててくれる?
誰か居るとか?
誰も居ないよ。
そうね。見たところ、ここにはあなたの靴しかないみたいだし。
今、ちょっとちらかってるから、片付ける間だけ待っててくれないか。
雨の中で?
ああ、雨ふってんだ・・・。
ふうん。そんなかっこうして寝てるんだ。毎日そうなの?
そ、そうだよ。これがいちばん寝やすいんだよ。じゃ、・・・入って。
おじゃましまーす。
しばらくの間、ドアの方向いて立っててくれないか。片付けるからさ。
え?私も手つだうわよ。
いいよ、いいって。大変なことになるから。
女性の下着がちらかってるとか?
そんなんじゃないって。着がえなくちゃならないだろう?オレんとこ、ひと部屋しかないからさ、いきなり素裸じゃ、君も困るだろ?
わかった。着がえる間だけね。
ああ。見ちゃダメだよ、絶対に。
・・・「絶対に」なんて言われると見たくなっちゃうなぁ。
言いなおします。なるたけ見ないようにね。
はーい。
よ、よいしょーっと。
  重いものをドサッと置く音。ソージ機がうなる。ウィーン。バタバタと何かを片付ける音
ちょっとお。着換えするのにどうして掃除機がいるのよー。
い、いろいろあるんだよ。着がえるための準備が
この部屋、窓ないの?
あるよ。こっちに。よいしょ、よいしょー。
暗くない?
開けると目の前に壁があるからね。昼間でも暗いんだよーっと!!
  ドサリと何かが置かれる。
これでよし。あとは、なんとかして閉めちゃえばいいわけだ。くっ、くっくっくっくっー!
  押入れの戸がバンと閉まる
そんなに入れちゃって大丈夫?押入れの戸がはずれちゃうわよ。
あー。見ちゃダメって言ったのに。
見てないわよー。目の前に鏡があるから見えちやうだけだよー。
あ。
電気つけていい?
いいよ。スイッチは君の目の前にある、それ。
  パチ
・・・へー。けっこう片付いたじゃないの。
おかげ様でね。お茶入れようか?
あ、あたしが入れてあげる。
いや、いいよ。
入れてあげるわよ。
いいって!
・・・何かあるの?台所に。
なにもないよ。あるわけないじゃないか、ただの台所だよ。
なんかかくしてる。
・・・わかったよ。お茶、お願いします。はい、上履き。
上履き?この靴、はくの?スリッパとかじゃなくて?
うん。スリッパじゃあぶないんだよ。すべっちゃって。
へー。
お茶っ葉は、そこに出てるから。
はーい。
  ガスコンロをガッチャンと。
お茶ッ葉って・・・これかな?
そう。
これ、日本のお茶じゃないわね。醗酵してるし、きっとジャスミンティーか何かね。
「寝込みを襲う」そういう計画だったんだ。
そうよ。午後7時じゃ、あなたはいろいろ準備しちゃうでしょ。それじゃ、私があなたの部屋をたづねる意味がないじゃないの。
意味。
そう。ありのままのあなたの部屋を見てみたかったのよ。
何のために?
あなたの事をもっと知るために。・・・座ったら?お茶、もう少しかかるわよ。
いや、部屋では座らないことにしてるんだ。
・・・そう。どうして?
君も座らない方がいいと思う.今日の君みたいな白っぽい服の時は、特にね。
掃除ができてないから?
いや。掃除は毎日してる。でもダメなんだ。・・・それ、何だと思う?
どれ?
ほら、天井からぶら下がってるやつ。
・・・なにかしら、つららみたいだけど。
鍾乳石じゃないかと思うんだ。半年で1センチくらい伸びたし。
鍾乳石・・・。
これ、何に見える?
ええと、キーウィみたいだけど?
一週間前に買ったみかんだよ。
じゃ、この、削る前のカツオブシみたいなのは・・・。
バナナ。
カビだわ。すごいカビ。
どんなものでも一週間で別のものに変わってゆくんだよ。最初は何だったのか、よーく考えないと思い出せないくらいさ。
あなた、この台所で何か作って食べてるの?
しばらく、がんばったけど、最近はあきらめて何も作ってない。
そうでしょうね。
最後に作った料理はカレーだったなぁ。3ヶ月くらい前だ。
で、どうなったの、そのカレー。
どうなったって・・・知らないよ。
え?知らないって、どういうことよ。
まだ見てないし。
まだ・・・・・。ええ?!ひょっとして、ここに置いてあるおナベが・・・。
そう。それが3ヶ月前のカレーだよ。
う、う、うわー・・・。
いいよ。開けてみれば?
い、いやよ。
どうして?ありのままのオレの部屋を見に来たんだろ?
いったい、どうなってんだろう・・・。考えてみるだけで恐ろしい。
ミカンやバナナが一週間でこれだからね。想像を絶するものが入ってることだけは確かだよ。
でも、ちょっとのぞいてみたいって気もする。
いいよ。フタをとってのぞいてみたらいい。
・・・でも、やっぱり怖いわ。
何かをありのままに見るってのは怖いものなんじゃないの?さあ。勇気出して開けてみよう!!
あ、あれ・・・あなた。ヒゲが・・・。
え?ヒゲ?
目の下と、額にも・・・。
ヒゲかぁ・・・、ちょっと待ってて、顔洗ってくるから。
それ、ヒゲじゃないの?
待っててくれ。洗面所をのぞいちゃダメだよ。ぜったいに。
  男、去る。ペチャペチャと足音。床がぬれている。
さーて、どうしよう。フタ開けてみようかな。でも、とりかえしのつかない事になったらどうしよう。でも・・・、このナベの中がありのままの彼の生活なのよ。それを見ないとたづねて来た意味がない・・・、やるか!やろう。もうどうなたっていい。フタを開けてみよう・・・。ハーハー、スースー、さあ、息を止めて・・・ん!!!
  爆発音
 
おわり