271話(2001年6月8日 ON AIR)
「恋のカタチ」

作・

宮沢 十馬

  
 

場所は昼下がりの百貨店の食堂。店の喧噪が聞える。

  
退院後、何でも食べて良いという医師の許しが出たので、僕は、百貨店の食堂に行った。観葉植物がすぐ近くにある、窓際のテーブルがいつもの場所だ。一人でぼーっとした昼下がりが楽しめるから、ここでお昼を食べるのが好きなのだ。注文してたばこに火をつけた時、一人の女が、一直線にやってきた。

美穂あのう、・・・焼き鶏好きですか?

・・・はあっ?

美穂しかも塩で。はいっ。(出す)

・・・ああ、好きで

美穂好きでしょっ、好きなんです、好きなはずなんです!

・・ええ、まあ。

美穂皮も、好きイィィッ??

ちょっと目ないっすね。(いただく)

美穂食べたあっ!(よっしゃあっ!)

あっ、ごめんなさい、いや、お腹空いちゃってて、つい、

美穂空いちゃってるお腹なんてどうでもいいのよ!たこ焼きでも串焼きでも入れて満たしとけぇっ!

えぇっ?

美穂大事なのは皮よ、焼き鶏の皮!胃に入った、皮はどろどろに溶けて腸に送られる。栄養栄養って、取れる物取れるだけけちょんけちょんに取られちゃう!いいのよ、それはそれでいいのよ、そしてよ、血になる!、ここよ!血液になった皮は、身体を巡って肝臓へたどりつく!(辻の肝臓あたりに抱きつく)

!ちょっと、どこにしがみついてるんですか、

美穂かんぞっ。(肝臓をかわいく言った)

お医者さんですか?

美穂いいえ、美穂です。(肝臓に向かって)たきちゃん、美穂よ、やっと見つけたよおぉっ!

あの、僕は辻で

美穂たきちゃん。

はあ?

美穂たきちゃんって呼んでたの。

・・・たきちゃん?

美穂うん。たきざわくんのこと。(やはり肝臓に)探したよおっ、たきちゃん、四ヶ月よ、四ヶ月も探したよう。四ヶ月って、言ったらね、薄情な女ならもう新しい男見つけてウキウキよ。ね、あたし見つけるって言ったでしょ、ね。

だからあの、僕は辻って。

美穂あなたはいいの。たきちゃん、たきちゃんなの。

人違いっすよ。ちょっと離して、(引き離そうとする)

美穂違わない。(離れない)あなたの肝臓、たきちゃんなの。

な、何言ってんですか!

美穂何よりも好物だったの、鶏の皮。たきちゃん、さっきのあなたみたいに新しいたばこ、放ってでも食いついてきたわ。

そんなの、男の8割は焼き鶏が好きです、そのうち半分は塩を選ぶでしょう、そしてそのまた2割は皮を一番に選んでもおかしくない!

美穂すごく絞られてる。

たくさんいます!

美穂手術したんでしょ、四ヶ月前。

え・・・?

美穂肝硬変。移植するしかないやつ。

ちょ、ちょっと待って下さい、確かに手術はしました。でも、移植してない!

美穂したのよ。たきちゃんの肝臓、事故で脳死ってなって。

聞いてないよ、そんなの。手術で治るって。

美穂闇でやってもらったからよ。

闇?そんなはずあるか!だいたいすごい金がかかるだろ、僕はそんな大金もっていない!それに拒絶反応とかいろいろチェックするだろう、そんなの無かったぞ!

美穂あなたは知らないの。闇なんだから。おうちの人がやったの。ちょっと、何よ、それ、何注文してんの!

さば定食だよ。

美穂たきちゃん、そんなの食べないわよ!

だから辻って言ってるじゃないですか、僕が食べるんですから。辻の僕が食べるんだから。辻君が食べるの。だから僕は辻君。オッケ?

美穂そんな血、たきちゃん欲しがってない!

だから違うんじゃない?肝臓違い。僕の肝臓はさば定食を欲しがっているの。

美穂生臭いたきちゃんにしたな!

もともとですよ!

美穂返せえーさわやかなたきちゃん!

やるか!ほおら、食ってやる!さばだぞ、さば定食だあ!

美穂やめてえ!やめてええ!

ほおれ、むしゃむしゃっ、ほおれ、むしゃむしゃっ・・。

美穂(再びしがみつき)たきちゃあん!たきちゃああん!生臭い・・・。

・・・それでも離れないんですね?

美穂だって愛してるもん。

肝臓を愛してるんでしょ。じゃ、レバー刺しでも頼みますか?全くどういうレベルで恋をしてんだ!

美穂ねえ、好きでいさせてよう。

いや、困りますよ。

美穂あなたじゃないの、たきちゃん。たきちゃんなの。

もう!僕に向かってたきちゃん、たきちゃんって言わないで下さいよ!何だか、もう、だんだんたきちゃんになっていくみたいじゃないですか!

美穂さば食べないで。

  
 

店の喧噪止む

  
そと時、彼女のバッグから手帳が落ちた。分厚いしおりでページが割れた。現われたのはぎっしりと書かれた男たちの名前だった。その大半は、赤いボールペンで、とても乱暴に消してあった。泣きながら消したみたいに。

  
 

店の喧噪聞こえる。

  
飯田康明、1975年6月4日生まれ、大阪、富田林。門田光司、1975年6月4日生まれ、千里ニュータウン。丸鳥八郎太、1975年6月4日生まれ神戸垂水区・・・ええ?・・・泉正夫、今村遼平、三矢和利・・・

  
 

店の喧噪止む

  
みんな1975年6月4日生まれ!そして、消されてないたった一つの名前、辻あきお。1975年6月4日生まれ。僕だ。

たきちゃん、1975年6月4日生まれなんだね。

彼女は静かに頷いた。確かに僕の肝臓は26歳だ。たきちゃんと一緒だ。細胞レベルで言えば、同じだけ生きてきたんだ。死んだ恋人をこんな形で愛そうというのか。彼女は手帳を拾うために立ち上がった。そばにあった、観葉植物とほぼ同じ高さだった。

  
 

店の喧噪聞こえる。

  
いいよ。好きでいて。

思わず僕の口から出た言葉だった。いいんだ。ちょうど僕も、身長160センチメートルの女の子を捜していたところなんだから。

  
 

音楽

  
  
  
おしまい