278話(2001年7月27日 ON AIR)
「夜の気配」

作・

深津 篤史

  
 

メールの着信音

  
んっ…。
バイブにしてれば起きずに済んだ。目が覚めた。
暗い部屋。散らかった部屋。
何気に鏡を見る私。…ひどい顔。
目の下クマ出来てるし、むくんでる。髪の毛、私のじゃないみたい。色抜かなきゃ良かったって思う。こんな時。
セルロイドの人形みたい。
けど黒だったら、黒のままだったら、私の頬に貼り付いた私の髪、黒のままだったら、きっと落ち込む。今よりもっと、私は私を感じやすくなる。
髪の毛の先まで私。
ハサミ…はないか。
  
 

チキチキチキ…

  
やだね。ベッドから手の届く範囲にカッターナイフ置いてる女。男、ひくだろ、普通。

  
 

少し笑う

  
リストバンドは汗拭く為だけじゃないんだって。
気付けよ、おい。

  
 

髪の毛を一束、カッターで切り取った

  
犬の毛みたい。とりあえず人のもんじゃないよね。
指先でつまんだ私の髪一束。みつめる私。
赤茶色で縮れてる。
何これ。何かこんなのあった気がする。
あ。

  
 

ふっと息を吹きかけた

  
分身の術…って、あーあ。孫悟空。
『おい、どうした、ひどい顔だぞ』
って一人、
『カーテン開けたらどうだ暗いぞ、暗すぎるぞこの部屋は』
もう一人。
『とりあえず顔でも洗ったらどうだ』
そだね。

  
 

流しに行き、顔を洗った

  
濡れた私の顔。目の回りが青く滲んでる。化粧をしたまま寝ちゃった訳だ。
『そりゃ肌に悪いぞ』
知ってる、知ってる。
『雑巾乗っけて寝てるようなもんだって誰か言ってたぞ』
死んじゃう、そんな事したら。
『例えだ、例え』
あぁ、うるさい。

  
 

冷蔵庫を開いた

  
凉し。

  
 

ペットボトルを開け、お茶を飲む

  
冷蔵庫の黄色い明かり。私の赤茶色の髪。
きらきら光る。毛先の水玉。
晴れた日に庭先で犬を洗ったよう。
遠い記憶。遠い場所。
暗い部屋で一人。小さな冷蔵庫。
小さな黄色い明かり。大きくなった私。
少し楽しい。少しいじらしい。

  
 

乱暴に冷蔵庫を閉めた

  
頭に小さな女の子飼ってるだろ。

  
 

少し笑った

  
いいじゃん、別に。って、私の小さな女の子達。…はさっきからかくれんぼに夢中。小さく笑う。小さくささやく。
つまづいて小さく泣いている。
暗がりに迷い込んで、小さく泣いている。
鬼は私?
ライターをつけた

タバコ、買ってこなくちゃあ。

  
 

タバコの空箱を握りつぶした

  
タバコの吸い殻、私のばっかり。少し笑った

煙草も吸わない、お酒も飲めない。日本の男も弱くなったもんだ。
っておっさんかよ、私は。

  
 

また少し笑った

  
今、何時?
いつから携帯が時計替わりになったんだろ。
世の中が便利になったから。
違う。手放せなくなっただけなんだ。
液晶画面が白く曇ってる。私がしっかり耳を押しつけて話すから。
あいつの声がぼそぼそと聞き取りにくいから。

  
 

携帯をベッドに放って、少し伸びをした

  
う……ん。

  
 

カーテンを開けた

  
すっかり夕方じゃん。日曜日無駄に過ごしちゃったなぁ。

  
 

窓を開けた。風の音。

  
って、ビールでも飲むかぁ。
幸い昨日のつまみは残ってるし。

  
 

冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出し

  
ねぇ、恋人よ。

  
 

缶ビールを開けた

  
あなたのいない日の私はこんなもんです。

  
 

一口ビールを飲んだ

  
はー。午後の陽射し。
缶ビールの水玉。
赤茶色の私の髪。
小さな女の子達はもういない。
みんな私の中にある。

  
 

携帯の着信音

  
もしもし。もしもし。

  
 

笑って答えない