279話(2001年8月3日 ON AIR)
「忘れ物」

作・

久野 那美

どこかへ何かを取りにいかなければならないような、くすぐったい気持ちになって。
それがどこなのか、そして何を、なのかがわからないまま波の音を頼りにやってくる。
たとえばこんな夏の海辺に
焼けた熱い砂。
水しぶき、大人や子供の甲高い笑い声…。

目の前の風景を手がかりにして記憶をたぐると、なくしてしまった、決して思い出せない何かの代わりに、奇妙に正確な、偽物の風景にたどり着く。

照りつける太陽
ざくざくざく…
子供達のざわめきを背に、波打ち際を歩く音…

少年足の裏が焼けそうに熱かった。

  
 

ざく、ざく、ざく…

  
少年立ち止まると、じゅうっと音を立ててかかとから溶けてしまいそうだった。

  
 

ざく、ざく、ざく…

  
少年右、熱っ、左、熱っ、右…二本の足は交代に奇妙なリズムで砂を踏んでいた。

  
 

ざく、ざく、ざく…

  
少年だから、いつのまにか、もう一つの足音が後から聞こえてきているのに、全然気が付かなかった。

  
 

ざく、ざく、ざく…

  
少年そのままどれくらい歩いたんだろう。
後からの笑い声に、ふと振り返ると。

  
 

そいつはこっちを見て笑っていた。

  
少年何だよ。

少女あー。見つかっちゃった。

少年…何でついてくんの?

少女…何ででしょう。

少年……誰?

少女…誰でしょう。

少年……。

  
 

少年、再び歩き始める
少女、後を追う

  
少女ねぇ。

少年……。

少女怒らなくてもいいじゃない。

少年……。

少女ねぇ。

少年……。

少女ねえったら。

少年うるさい!あっち行けよ。

少女…一緒に探してあげる。

少年え?

少女靴。

少年……。

少女靴、なくしたんでしょ。

少年…なんで?

少女だって裸足で歩いてるもの。

少年……。

少女ねぇ。どんな靴?

少年なくしてなんか…。

少女…じゃあ、何で裸足で歩いてるの?

少年…。

少女熱いでしょ。

少年別に。

少女ふうん。

  
 

少年、足踏みしている

  
少女ねえ。どんな靴?

  
 

少年、無視して歩き出す

  
少女ねえ。

少年……。

少女大きさは?色は?形は?

少年……。

少女どうしてその靴を履いて来たの?

  
 

少年、一瞬立ち止まる

  
少女ねぇ。どこで脱いだの?

少年……。

少女どうして。

少年うるさいなぁ。
いいって。このまま帰るから。

少女どうして?

少年いいんだよ。もう。

  
 

少年、ざくざくと歩き始める
少女は立ち止まったまま
一つになった足音に気付いて、少年ふと立ち止まる

  
少女…履いてきた靴は、履いて帰らなくちゃ。

少年しょうがないだろ、見つからないんだから。

少女ちゃんと探した?

少年探したよ。

少女嘘よ。

少年何で?

少女だって…。

  
 

大きな波がうち寄せる

  
少年…何?

少女みんなそう言う。

少年みんな?

少女みんなそうやって裸足で帰る。

少年??

少女だから…。

少年何が…

少女ほんとは捨てに来たんじゃないの?

少年んな訳ないだろ。

少女じゃあ、どうして?

少年え?

少女どうして困らないの?

少年困ってるよ。

少女どうして誰も探しに来ないの?

少年探したって見つからないから。

少女見つかったら?

少年え?

少女もし…見つかったら?

少年見つかったら履いて帰るよ。

少女見つからなかったら履いて帰らない。

少年…。

少女来るときは裸足で来ない。

少年そりゃそうだろ。

少女見つかっても、誰も取りに来ない…。

少年……。

少年太陽は真上からじりじりと地面を焼いていた。
靴を履かない裸足の足で、僕はそれ以上立っていることが出来なかった。
彼女に背を向けて、ざくざくと歩いた。
気が付くと後からはもう、足音は聞こえてこなかった。
声の届かない距離まで歩いて、ふと、後を振り返った。

赤い運動靴が片方だけ、上を向いたまま波に運ばれていくところだった。