第281話 (2001/08/17 ON AIR)
『墓参り』 作:四夜原 茂

山深い里。カナカナが鳴く。夕方近く。
二人は山道を登っていく。
ナミエはそうでもないが、コースケは息が上がっている。
ナミエ がんばれ、コースケ。
コースケ が、がんばってますよ。
まだなの?ナミエ。
ナミエ もうすぐ。
ほら、この小川を渡って少し登ったところ。あそこが最後だから。
コースケ

あ、そう。
墓参りっていうから、俺はてっきりお寺の裏にある墓地に行くもんだと思ってたよ。
これじゃまるで登山だよね。

ナミエ

仕方ないのよ。
少しでも平坦な土地があればそこには稲を植えた。
そうしないと生きてゆけなかったんだから。

コースケ

ああ、そういう事ね。
でもどうしてもっと集めとかないんだろう。バラバラじゃないの。

ナミエ

あぁ、きっと何かあったからじゃないの、生きてた時に。

コースケ

仲が悪かったとか?そういうこと?

ナミエ

そう。

コースケ

ふぅん。でも普通は山田家とか佐藤家とか書いて、一つのお墓にするよねぇ。
ナミエんとこは変わってるね。ひとりにひとつずつ墓が用意されているなんて。

ナミエ

まぁ、お墓と言っても昔のやつは、ただ石を置いただけのやつも多いけどね。
コースケ、水汲んでくれる?

コースケ

はーい。

小川の流れる音
カナカナが鳴く

コースケ

ナミエ。さっきさぁ、すれ違った人いたじゃないの。

ナミエ

あぁ。川下の佐藤さん達。

コースケ

え?あの人たちも佐藤って言うの?

ナミエ

そう。ほとんどの人は佐藤っていう名字なのよ。

コースケ

なんかさ。俺を見て笑ってたじゃないか。
すれ違った後振り返って見たら、こっち指差してまた笑ってたんだ。
どういう事だろう。

ナミエ 気にしなくていいのよ。
「うらやましい」とか「ねたましい」とか、そういう事よ。
コースケ

はあ?「うらやましい」?

ナミエ

コースケ、気をつけてね。
この橋、左側を通らないと危ないから。

コースケ はいはい。
ナミエ ごめんなさいね。
こんな事につき合わせちゃって。
コースケ

何言ってるんだよ、ナミエ。
墓参りはちゃんとやっとかなきゃ。
それに久しぶりにいい汗かいて気分いいよ。本当に。

パチっと蚊をたたく。

コースケ

この蚊さん居なかったら、もっと気分いいんだけどなぁ。

ナミエ

コースケ。知ってる?
蚊はね、血を吸うのはメスだけなの。オスは血を吸わない。

コースケ あ、そうなの?
ナミエ そうなの。それでね、お願いだからメスの蚊を殺さないで。
コースケ

え?!

ナミエ 風習よ、風習。
田舎の墓参りの風習。
コースケ

ひぇー、厳しい風習だなぁ。

ナミエ

メスの蚊には血を吸わせてやって欲しいのよ。

コースケ

どういう意味があるの?

ナミエ

意味はわからないわ。
昔からの風習だし。

コースケ

そうか。
じゃ従う事にしようかな。

ナミエ

ありがとう、コースケ。
山を降りたらね、精一杯のご馳走と、おいしいお酒でもてなすから少しの間我慢してね。

コースケ

はーい。
お酒ってやっぱ焼酎なのかな?

ナミエ

ええ、母が3年かけて作ってるとっても体にいい焼酎があるのよ。

コースケ

マムシを漬け込んだやつ?

ナミエ

え?コースケもう飲んだの?

コースケ

ああ、さっきナミエの妹の、えーと、どっちだったかな…。

ナミエ

カオリがあなたに飲ませたの?

コースケ

そうそう。
カオリちゃんが冷たくしたそのお酒と、ニンニクの醤油漬けを出してくれた。

ナミエ

ふぅん。カオリがね。
カオリ、何か言ってた?

コースケ

何を?

ナミエ

いや、何も言わなかったのね。

コースケ

世間話をちょっとね。
結構美人だね。

ナミエ

ちょっと化粧濃いわよね、子供のくせに。

コースケ

やっぱりお母さんに似てるよ。うん。

ナミエ

後でおばあ様が挨拶に来ると思うから、似てる人はもっと増えるわよ。

コースケ

ああ、おばあ様もね。
にぎやかな夕食になりそうだよね。
おじい様とかは?

ナミエ

居ないの。

コースケ

ああ、もう逝っちゃったんだ。

ナミエ

多分。

コースケ

……多分?

ナミエ

ここよ。ここが最後のお墓。
これがひいばあ様。これがそのお母様で、こっとがおばさま。
それと、おおおば様。

コースケ

ひいばあ様と、そのお母様…。
ナミエ、ちょっと聞いていい?
ずっと下の方から墓参りしてきて、これが最後の墓なんだよね。

ナミエ

ええ。

コースケ

男の墓が一つもなかったよ。

ナミエ

ああ、男はね。
町へ帰って行っちゃうから。

コースケ

出稼ぎとかで?

ナミエ

まぁ、そんな感じで町へ行っちゃって、戻って来ない事が多いわね。

コースケ

そういえば、駅に降りて今まで男の人に一人も出会わなかったような気がする。

ナミエ

田舎じゃよくある事よ。

コースケ

そうなの?ナミエのお父さんは?

ナミエ

10年くらい前から会ってないわ。

コースケ

…なんか…その…。

ナミエ

どうでもいいじゃないのそんな事。
コースケ、お墓に水をかけてちょうだい。

コースケ

はーい。

水をかける。

ナミエ

コースケは妹いるよね。

コースケ

うん、2人。

ナミエ

イトコとかにも女の子多いって言ってたわよね。

コースケ

うん。ほとんど居ないなぁ、男の子は。

ナミエ

血が欲しい。

コースケ

え?

ナミエ

血が欲しいって、ほら、白黒斑の蚊があなたの首筋に…ふっ!

コースケ

あ。やられたかな?

ナミエ

大丈夫。
首筋から血を吸おうなんて、いくらなんでもずうずうしいわよ。

コースケ

線香は?どうする?

ナミエ

もういいわ。
そろそろ帰らないと日が暮れて道がわからなくなりそう。

カナカナカナ…

コースケ

じゃ行こうか。

ナミエ

うん。
スキヤキと馬刺しと、ウナギと、山芋がコースケを待ってるわよ。

コースケ

うっわー、大好物ばっかり。

ナミエ

体調はどう?

コースケ

絶好調です。
まぁ、いつも絶好調なんだけどね、オレは…あーっ!!

コースケ、転ぶ

ナミエ

コースケ、大丈夫?!

コースケ

だ、大丈夫だけど、こんな所に穴が…。

ナミエ

ああ。もう穴を掘ってるんだ。

コースケ

なんなんだよ、いったい。

ナミエ

あなたを入れる穴よ。

コースケ

……え?!

ナミエ

アハハハ。嘘よ、おばあ様の為の穴をね。
もう掘ってあるのよ。

コースケ

…あ、そうだったんだ…。

ナミエ、パチンと蚊を

コースケ

あれ?
さっき蚊は殺さないって言ってなかった?

ナミエ

いいのよ。これはオスだから

コースケ

オスはいいの?

ナミエ

オスはいいのよ、いくら殺したって。

カナカナカナ…