第292話 (2001/11/02 ON AIR)
『カンカンマニアとカン女』 作:樋口 美友喜 ゲスト出演:岡 知美

小さな踏み切り
規則正しく音を鳴らして遮断機が下りる
ただ電車が通り過ぎていくのを見ながら
缶ビールを開けて一口

カン女

…っあ~…おいしい。どうしてこんなにおいしいのかな、一口目っていうのは。

もう一口飲んでみる
カン女 あー…でもなんで二口目からはどうってことなくなるんだろう。極上からただのビールに早代わり。ばーか、ばーか、ばかばかビールになるだけ。ここから飲み干すのに苦労するね。
そう言って最後まで飲み干すと
袋から空缶をいくつか取り出して地面に並べ出す
カン女

今日の本生、昨日の本生、一昨日の本生、その前の本生…。

カン女 時計に目をやると

カン女

11時42分か。まだかな?そろそろ来てもいい頃じゃないの?こっちは準備完了。いつでもおいでー。

カンカンカンカン
電車が来る合図
ゆっくりと遮断機が下りてくる

カン女

来た来た。まずは、4日前の本生からね。

カンカンカンカン
もうすぐ電車がやってくる

カン女

バイバイ。4日前の私…。

と思いっきり空缶を蹴っ飛ばした

カンカンマニア

いってぇ!

カン女

やだ!

カンカンマニア …あっ…。
カン女

ワザとじゃないから。これは…。

カンカンマニア

…あぁ~…。

カン女 あの…えっと、空缶蹴っ飛ばすのには色々ワケがあって…その、本当に…。
カンカンマニア

ああ~、いい音だぁ。

カン女 え?
カンカンカンカン
電車が通り過ぎていく
カンカンマニア

あ~いい音だったぁ。これ、これだぁ。探していたのはこのカン、カン、カンだ。完璧な音だ。
噂には聞いていたけど、ここまでいい音とは思わなかったなぁ。

カン女

あの…大丈夫ですか?

カンカンマニア

この空缶、あんたの?ひでぇよ、頭命中だよ?

カン女

ごめんなさい。

カンカンマニア

ああ、もういいよ。いいからさっさとどっか行っちゃって。
…あー、早く次来ないかな…。

カン女

あの…。

カンカンマニア

まだいたの?だからもう謝らなくていいから、行っちゃってください。

カン女

行けって言われても、ここ私の踏み切りだから。

カンカンマニア

あんたの踏み切り?

カン女

そう。だから反対にお宅がどっか行ってくれないかな。

カンカンマニア

この踏み切り、あんたのだって誰が決めたの?

カン女

私。悪い?

カンカンマニア

譲ってくれない?

カン女

駄目。

カンカンマニア

あ~やっぱり遮断機は黒と黄色だよなぁ。音もいいけど見かけもいい。最近踏み切りが少なくなって悲しいよ、ほんと。

カン女

ちょっと。

カンマニア

判ってるって。選んじゃうよねぇ、踏み切り。でも探した甲斐あった。

カン女

ちょっと聞いてる?それ私のだって言ってるじゃない。

カンカンマニア

うん。やっぱりこだわりたいじゃない。だって一番最後に耳にする音なんだから間の抜けたカン、カン、カン、より味のある、カン、カン、カンだ。
ところで次の電車はいつ頃来る?

カン女

もうそろそろ…って、あのね、悪いんだけど私ここを使いたいの。

カンカンマニア

ああ、なるほど。そうだよね、先客だもんね。分かった、分かった。
じゃあお先にどうぞ。

カンカンカン
電車が来る合図
カンカンカン
電車がやってくる

カン女

お先にって…?

カンカンマニア

大丈夫、俺いい人ぶって止めたりしないから。

カン女

は?

カンカンマニア

分かってるから。実は俺もね、ああ、でも今日は偵察に来ただけだから。

カン女

何を分かってるの?

カンカンマニア

偶然にこんなところで出会ったから親近感わいちゃって。

カン女

あの、押さないでくれる?

カンカンマニア

あ、ごめん。自分でやりたいよね。

カン女

何言ってるの?

カンカンマニア

良かった。あんたの見て勉強するよ。

カン女

何?私、お宅の予行練習になるわけ?だから押さないで。

カンカンマニア

ごめん。俺の方が緊張しちゃって。リラックスして。

カン女

リラックス?

カンカンマニア

いち、にの、さんって掛け声した方がいいって本に書いてあった。

カン女

掛け声?

カンカンマニア

参考に聞きたいんだけど、踏み切れたきっかけは?やっぱり絶望感?

カン女

ちょっと。

カンカンマニア

なんだか幸薄そうな顔してるから。

カン女

勝手に私に踏み込まないで。

カンカンマニア

ああ、やっぱりいい音だ。

カン女

人呼ぶわよ。

カンカンマニア

そんな事したら止められるって。

カン女

だって、

カンカンマニア

だって、

カンカンカン
カン女は悲鳴を上げた
電車が通り過ぎた

カンカンマニア

くぐるんじゃなかったんだ…その遮断機。

カン女

違う…。

カンカンマニア

踏み切りに来たんじゃなかったの?

カン女

そうなのかも…。

カンカンマニア

違うの?

カン女

一日の終わりにビール飲み干したらバカバカしくなるから、バカバカしい私を蹴飛ばして急行電車にぶつけてぺしゃんこにして満足するの。明日をやり過ごすために。

カンカンマニア

じゃ…これはその為の?

カン女

カンカン…。

カンカンマニア

なんだ…俺とおんなじか。

カン女

え?

カンカンマニア

遮断機が下りるのを見て、その音を聞いて、その気になって満足して帰る。いつまでたっても偵察しかしない。

カン女

お宅も、踏み切れないの?

カンカンマニア

踏み切ろうとしてるんだけど、なんだかねぇ…。

カン女

いまいちね、これといった理由もないし。

カンカンマニア

あ、それ分かるなぁ。

カンカンカンと聞こえてきた

カン女

さっきと反対側だわ。

カンカンマニア

最終かな?

カン女

やだ。最後?どうやって帰ろう…。

カンカンマニア

帰るの?

カン女

お宅こそどうするの?

カンカンマニア

どうしよっか。

カン女

帰れば?

カンカンマニア

あんたはまたやり過ごすの?

カン女

……。

カンカンと近づいて来る

カン女

ねぇ。

カンカンマニア

え?

カン女

踏み切ってみる?

カンカンマニア

理由がなんか見つかったわけ?

カン女

道連れが出来た…。

カンカンマニア

名前、まだ聞いてなかった…いいか、そんなの。
踏み切れば意味なくなるんだからなぁ。

カンカンカン
もうすぐ電車が近づいて来る
カンカンカン
遮断機の向こう側で
急行列車が通りすぎた