第296話 (2001/11/30 ON AIR)
『つながってました』 作:四夜原 茂

「カンカンカン」と足音がして誰かが鉄の階段を昇って来る
ピンポーン
ピンポーン


ナミエ 入るわよー。
ガチャ
扉を開ける
コースケ うわ!
ナミエ

え?

コースケ

あの…。

ナミエ

誰?

コースケ

誰って?

ナミエ

あなた。

コースケ

き、き、君こそ誰なんだ、いきなり玄関を開けたりして。オレのプライバシーはズタズタだぞ。

ナミエ

プライバシーって、その変な柄のパンツのこと?

コースケ

ほっといてくれ。どんな柄のパンツを履こうとオレの自由だろ。
さむ。寒いからドア閉めてくれないか。

ナミエ

あ。ごめんなさーい。

「カチャ」と閉じる
コースケ

あれ?

ナミエ

なに?

コースケ 中に入ってからドアを閉めてる。それじゃ着替えの最中のオレはどうすればいいわけ?
ナミエ

気にせず続けて続けて。

コースケ 気になるだろ。
ナミエ こっちを見ないようにすればいいのよ。そしたら恥ずかしくないって。
コースケ

本当なの、それ。普通は君がこっちに背中を向けるとかして、見ないようにするとかじゃないの?

ナミエ

だいじょうぶ、パンツに目の焦点を合わせないように努力しているから。今はそのヘアスタイルに目が釘付けよ。どこに行くとそんなふうなカットしてくれるの?

コースケ

どこって、美容院だよ、いつも行ってる。

ナミエ

うそ。

コースケ

う、うそじゃない。

ナミエ

ガスバーナーか何かで焼いたとか?

コースケ

・・・・・。

ナミエ

河原で昼寝してるうちに沢ガニがいっぱい集まって来て、ハサミでチョキチョキされたとか?

コースケ

わかった。別に君にどう思われようといいんだ。これはオレの髪なんだから。
で、何の用なの?

ナミエ

あ。ジーンズ穿いちゃうんだ。

コースケ

穿いちゃうよ、そりゃ。

ナミエ

パンツが見えなくなっちゃうじゃない。

コースケ

……やっぱり見てたんだ。

ナミエ

さて。着替えも終わったようなので、上がらせてもらいまーす。

コースケ

初対面の男の部屋にズカズカと上がり込む。わかった。何か売りつけようとしてるんだ。階段の所に張り紙があっただろ?
「訪問販売お断り」って。

ナミエ

そんなのあった?よいしょっと。

コースケ

そのでっかい荷物。それだ、それ。何も買わないよオレ。

ナミエ

これ?これは私の旅行カバンよ。

コースケ

旅行カバン…じゃ、あれか。寅さんみたいに日本中旅しながら訪問販売してるわけか。

ナミエ

さっき関空に着いたとこなの。

コースケ

海外も訪問していろいろ売り歩いてるの?すごいな、すごい。ハハハ…。

ナミエ

何とでも言ってちょうだい。お茶。

コースケ

は?

ナミエ

わかったわよ。自分でいれます。

コースケ

そ、そんな訳にはいかないよ。お茶ね、お茶、日本茶でいい?

ナミエ

ええ、緑茶をね。お願いするわ。

コースケ立ち上がって台所へ行く

ナミエ

あなたに聞いても知らないとは思うんだけどさぁ。前にこの部屋に住んでた人、どこへ行ったか知らない?

コースケ

前に住んでた人?知らないなぁ。不動産屋にでも聞いたらわかるんじゃないの?

ナミエ

やっぱりね…なに探してるの?

コースケ

お茶っ葉。

ナミエ

その右の戸棚の真ん中の引き出しは?

コースケ

右の戸棚の…、あ。ありました。で、その人に会うために来たわけね。

ナミエ

そう。急に決まっちゃったから、海外の仕事。それっきりになっちゃって。

コースケ

それっきりって、何も連絡しないまま行っちゃったってこと?

ナミエ

そう。私の携帯ね、壊れてたのよ。コールの音だけして、つながらなかった。どうなってるんだろうって思ってるうちに、空港に着いちゃってて。それっきり。

コースケ

むこうから電話しようと思わなかったの?
はい、お茶。

ナミエ

ありがとう。何かね、地球を半周回って空港に着くじゃない。そしたら、やっぱ思ってた以上に遠いのね、日本って。

コースケ

ふうん。

ナミエ

電話しようと思ったのよ。受話器を上げてクレジットカードをこう持って、考えちゃった。何て話せばいいのかな?
「あ、今、インドのカルカッタでトランジットの最中なの」とか「ヒースロー空港はみぞれまじりの雨です。しばらく帰れません」とか、どれもこれも、なんか「別れましょう」って言ってるみたいでしょ。

コースケ

そ、そうかな。

ナミエ

そうよ。もう手遅れだったのよ。どんな風に説明しても、電話じゃわかってもらえないってわかった。

コースケ

だからって、何の連絡もないんじゃ、どのみち別れましょうって事になっちゃうんじゃないの?

ナミエ

うん。…おいしいわ、お茶が。

コースケ

それで、もしその人が見つかったらどうするの?

ナミエ

どうもしない。

コースケ

どうもしない?

ナミエ

だって、謝ったってもう終わったことをね、謝ってるみたいになるでしょ。

コースケ

ふうん。そんなものかなぁ。

ナミエ

それに、何ヶ月もすると変っちゃうでしょ、人って。コーちゃんもそうじゃないかな。いろんな事があったはずよ。いろいろあって、きっと、私達のことにも決着つけてるんじゃないかな。

コースケ

コーちゃん?

ナミエ

前、この部屋に住んでた人。

コースケ

オレも、コースケだから、よくコーちゃんって呼ばれるけど。

ナミエ

へー。あなたもコーちゃんか。ふふふ、ははは、はははは…。

コースケ

なんだよ。

ナミエ

ごめんなさい。ちょっと想像しちゃって。前、この部屋に住んでたコーちゃんがあんなパンツ穿いてて、こんなヘアスタイルにしてたらどうしよういかなって。

コースケ

そんなにひどい?

ナミエ

そんなこと、私の口からじゃ言えません。

コースケ

言ってるじゃないか。

ナミエ

あ。この湯のみ…。

コースケ

ああ、気にしないで。

ナミエ

ネームが入ってるじゃないの。
「ナ・ミ・エ」?

コースケ

ごめん、それしかなくて。昔うちによく来てた子の湯のみなんだ。オレは緑茶とか飲まないし、彼女が信楽かどこかで仕入れて置いてあったんだ。

ナミエ

いいの?

コースケ

いいんだよ、もう。

ナミエ

昔の人?

コースケ

かなり昔の人。

ナミエ

そうか。ナミエか…。私も友達からナミッチって呼ばれるけど。

コースケ

ナミッチ?!

ナミエ

え?

コースケ

いや、あははははは。久しぶりに聞くとなんかドキッとするんだよな。

ナミエ

あ、そう。あははは。

コースケ

は、ははは。

ナミエ

…じゃ、これで失礼するわ。お茶、ありがとうね。

コースケ

うん。

ナミエ

ヨイショっと。

コースケ

さっきの話だけどね。

ナミエ

え?

コースケ

さっきのさ、前のコーちゃんに会うって話。

ナミエ

うん。

コースケ

やめた方がいいよ、きっと。

ナミエ

そっか、会わない方がいいかな、やっぱ。

コースケ

うん。

ナミエ

……ありがとう。

コースケ

その代わり、またうちに来たらいいんじゃないかな。お茶飲みに。

ナミエ

え?

コースケ

ま。気が向いたらでいいからさ。明日、美容院に行っとくし。

ナミエ

いいの?

コースケ

いいよ。

ナミエ

パンツは?

コースケ

パンツはいいだろ。見えないんだし。

ナミエ

今度、プレゼントするわ。

コースケ

あ、そう?でも、そんなにひどい?

ナミエ

明日、買っとくし。じゃあね。

「ガチャ」と扉が開く