第302話 (2002/01/11 ON AIR)
『時には胎児のように』 作:西島 明(ベターポーヅ)

お名前を?

モンケトヤです。

先生ですか?
いえ。
これは失礼、今なんか、モンケトヤ先生という言葉が浮かびましたもので。

お知り合いかなにか?

いえいえ、まったくそういうわけでは、ただちょっとモンケトヤには先生かなと。

それではモンケトヤ先生ということで。

モンケトヤ先生のお悩みをお聞かせください。

実はわたし2年ほど前からアボガドを食べ始めたのですが。

アボガドを?2年ほど前からですか?

2年ほど前からです。

その前は食べなかったんですか?

パパがあんなものフルーツじゃないよって。

続けて。

それでわたし、アボガドを食べるとあの、それはアボガドを食べた時だけなんですがその、決まってですね、なんといいますか。

はっきりおっしゃい。

ですからそれはその。

はっきり。

赤ちゃんをですね。
え。

つまりわたしアボガドを食べると赤ちゃんを産みたくなるんです。





産みたくなるんです。

それはなにか遠回しな意味が込められていますか?

遠回しな意味?

わん曲的な表現といいますか、つまり赤ちゃんそのものより赤ちゃんを産む前の段階の、その10ヶ月くらい前の段階の行為、みたいな、それはすなわち増殖するためには必要不可欠なことでいわば自然の営み、みたいな、そういう自然への欲求がごぶさたで不満してしまいアボガドというタマゴにも似た形状へと…どうしました?

アボ。

え。

アボアボ、アボ、アボ、アボ。

アボ?

アボガド、赤ちゃん、アボガド、アボガドちゃん。

アボガドちゃん?

ああ、どうしよう、アボガドを考えただけでも産みたくなってしまう。

落ち着いて。

産みたい、産みまくりたい。

モンケトヤ先生、落ち着いてください。

だってどうしたらいいんですか。こんなに産みたいわたしはどうしたらいいんですか。

あなたの好きなかけ声を。

は!

ほ!

へ!

と!

んん!

よ!

はいよ!

もひとつ!

どっこい!

ぬお!

ほよ!

……どうです?

少し、落ち着きました。

気持ちはわからなくもありません。ボクもアルコールを飲んだ時など産みたい、というか産ませたい的欲求が芽生えることもしばしばです。しかし、あなたの場合そういう酒の勢いというより生活のストレスが原因のように思われます、確かモンケトヤ先生は小学校の先生でしたね。

家事手伝いです。

あ、じゃ先生じゃないんだ。

先生はあなたでしょ。

確かにわたしは精神科の医者ではありますが、先生と呼ばれるのはどうも苦手でして、ですから呼ばれるくらいなら呼んでしまおうと、まあこういうわけです。

そんなことよりわたしは治るんでしょうか?

どうでちゅかね。

え。

ちょれはわかりまちぇん。

どうして?

ちぇーしん病はむじゅかちいでちゅよ。

どうしていきなり幼児言葉なの?

でもやってみまちゅ。

先生。

ちんちゃちゅちまちゅー。

診察します、ですか?

眠い、超眠い、ちょねむ。

なに言ってんだろこの人、ちょっと、先生、そんなところに寝ないでくださいよ。それにそんな膝を抱えるように丸くなって、あ、この体勢、この体勢はもしかして胎児、そうだわ、これは胎児だわ。先生は今母親のおなかの中にいる胎児になっているんだわ。


「時には母のない子のように」の音楽が聞こえてくる
男と女は歌詞を変えて歌う

時には 胎児のように だまって 海に浮かんでいたい

時には 胎児のように ひとりで 夢をみていたい

男女

だけど こころは すぐかわる 胎児になったなら だれにも愛を 話せない


音楽消える

わたしなんだか心が洗われたみたい

ボクもだ、ボクも気持ちがこんなに清らかですがすがしい気分になったのは初めてだ。

安らかで幸せな感じ。

幸せだ、あまりにも幸せで泣き出したいくらいだ、うう(泣く)

泣かないで先生、そうだ、先生の元気が出るようにもっと明るい歌を歌いましょう。


「時には娼婦のように」の音楽
男と女は歌詞を変えて歌う

男女

時には胎児のように。

やめよう。

音楽消える

ごめんなさい、先生。

あ。

どうしたんですか?

さっきの安らかで幸せな気分が消えてしまいそうだ。

わたしのせいだわ、どうしたらいいのかしら、どうしたら。

消えていくー。

そうだ、鐘を鳴らしましょう。

鐘?

幸せの緑の鐘を。

その前に冷蔵庫の古いタマゴは捨てなくちゃね。

古いタマゴはもう捨てて。

緑の鐘を鳴らそうよ。


カラーン カラーン
という心地良い鐘の音が聞こえてくる