第306話 (2002/02/08 ON AIR)
『船を建てる』 作:平野 舞

旅人

それは船だった。大きな船が1艘、砂漠の真ん中に錠をおろしていた。


カンカンカンカンカンカンカンカンカンカン
連続する金属的な音
等間隔に打ち鳴らされている

旅人 こんにちわ。
船の住人 こんにちわ。
旅人

勝手に入って、すみません。少しここで休ませてもらえませんか。

住人

ええ、どうぞ。ちょうど私も休憩しようと思ってたから。

旅人

……。

住人

……。

旅人

僕は旅人です。あちらこちら旅しているうちにこの砂漠にたどりついて。

住人

そう、君、旅をしているの。

旅人

ずっと歩きつづけていたもので助かりました。

住人

外って、いまは暑いの?

旅人 そりゃもう。何年も前からこんな調子で、旅人にとっては厳しい気候です。
住人

何年も前から…。

旅人

でもびっくりしました。砂漠の真ん中にこんな大きな船があるなんて。思いもしなかったから。
………あなたは……?

住人 私はこの船の住人よ。
旅人

こんなところにたった1人で?

住人 昔はもっとたくさんいたの。でもいつのまにか、気付いた時から私は1人でこうしているわ。
旅人 ここで、何してるんですか?
住人

何って…船を建ててるの。

旅人

この船を…?

住人

そうよ、立派な船でしょ。

旅人

ええ。だけど…。

住人

だけど…?

旅人

水は…どこにあるんですか?船を浮かべる水は…。

住人

水はないの、もうないの。

旅人

え?

住人

どこかにいっちゃった。


カン カン カン カン カン カン カン

住人

昔、ある日、ここじゃないどこか遠いところに行きたくなって、河のほとりに船を建てることにしたの。
雨にも風にも太陽の光にも負けないくらい大きくて立派な船を。
だけど、船を建てる長い年月の間に、河はどんどんやせ細って、いつの間にかすっかりなくなっちゃった。

旅人

船はまだまだ完成しないんですね…。河はもう、ここにはないというのに。

住人

ううん、動くよ。船はいつだって動くよ。これに乗って遠いところへ行くんだもの。
ただ…。

旅人

ええ。

住人

水がないだけ。

旅人

水がないんじゃ、どこにも行けませんね…。

住人

だから、ずっとここでこうして船を作り続けているの。
いつ水が戻ってきてもいいように。いつでもすぐに出発出来るように。

旅人

そうだったんですか。

住人

だって、なくなったものはいつか又巡ってくるはずだもの。私はそれを待ってるのよ。


カン カン カン カン カン カン カン

旅人

まるで時計が刻むリズムのようですね。いや、もしかしたら時間そのものなのかもしれない。


カン カン カン カン カン カン カン

旅人

ぼくは、探している途中なんです。

住人

探す…?

旅人

昔、ある日、大切なものをなくしてしまって。待ってても良かったんだけど、いろいろ考えて、やっぱり探しに行くことにしました。

住人

見つかりそう?

旅人

さて。どうでしょうか。

住人

なぜ?

旅人

だって旅している長い年月の間に、何を探していたのか忘れてしまったんです。大切なものがなんだったのか今じゃ思い出すこともできません。

住人

それじゃあ、どうして旅を続けてるの?

旅人

どうして?

住人

探し物がわからない旅じゃ、行くあてがないじゃない?

旅人

いいえ。だから、ぼくは旅をしているんですよ。それならそれで大切だと思うものを見つければいいんですから。

住人

そうだったの。

旅人

だって、これから出会うたくさんのものの中に、大切なものは必ずあるはずですよ。
ぼくはそれを探しているんです。


カン カン カン カン カン カン カン

住人

朝よ。

旅人

朝ですね。

住人

君はまた、探す旅を続けていくのね。

旅人

あなたも、ここでそうして船を作り続けるんですね。

住人

そうね。

旅人

水は…水はまた戻ってくるのでしょうか。

住人

探しものにいつか出会えるかしら。

旅人

あなたは完成したこの船で、河の流れにのって、遠い場所へ行くことが出来るだろうか。

住人

君は一番大切なものを探しあてて、そしてなつかしい故郷へ帰りつくことが出来るかしら。

旅人・住人

・・・・・・。

住人

戻るかもしれないし、戻らないかもしれない。

旅人

出会うかもしれないし。出会わないかもしれない。

住人

でも待ちつづけるわ。

旅人

でも探しつづけます。

住人

さようなら。

旅人

さようなら。


カン カン カン カン カン カン カン・・・・・