308話(2002年2月22日 ON AIR)
「雨音迷路」

作・

樋口 美友喜

  
 

ポタン ポツン カラン カロン トントン コン カツン コロンポロン
空缶 ガラスのコップ 洗面器 バケツ おなべ フライパン
それらの受け皿に雨が降る
何十種類もの打楽器の合奏のように
その雨漏りを受け 音を作る度に その音に答える
カラン
空缶に降る

  
ちいうずまき。

  
 

ポタン
洗面器に降る

  
ちい遠回り。

  
 

チリン
ガラスのコップに

  
ちい夕焼け小焼け

  
 

ポツン
バケツに

  
ちいそうね、また今度。

  
 

小皿に

  
ちい空っぽ。

  
 

フライパンに

  
ちい洞窟、洞窟。

  
 

おなべ

  
ちい強くて、揺れて。

  
 

プラスティックのコップ

  
ちい置き去りに風吹いた。

  
 

ボーンチャイナのカップソーサー

  
ちい…どこに…?

  
 

そうして 次にピシャンと何も受け皿のない床に降る

  
また増えたよ。

  
 

ピシャン

  
ちい………………。

幾つ目の雨漏りだ?これ。

  
 

ピシャン

  
数えるのも疲れるか…。

  
 

ピシャン

  
あのな、ちい。よく聞いてね。これが最後の1個。家の中のもの、鍋もフライパンもバケツも食器もほとんど受け皿に使って、このコップでもう最後なんだ。なぁ…。

ちい……。

最後なんだよ。分かる?

  
 

チリン

  
ちい間違えて道草。

分かる訳ないか。分からなかったよ、僕も。

  
 

チリン

  
ちい転がって迷い道。

ちいにはそう聞こえるんだよな、この音が。

  
 

チリン

  
ちい帰りたい。

本当は晴れてる方がずっと好きなんだけど。この家、古くて嫌だって思ってたけど…古くて良かったよ。降らないとさ、音が鳴らないとさ、ちい、ちっともしゃべってくれないから。

  
 

チリン

  
ちいどっちに行くの?

どっちに行こうか。

  
 

チリン

  
ちいそうね、また明日。

しゃべってるっていっても、僕が1人でしゃべってるんだけど。…なんでかな?僕の声じゃ反応しないのに…。

  
 

チリン

  
ちい駄目、そっちじゃない。

何で、雨には反応するんだよ。

  
 

チリン ポタン カンカン
雨は勢いを増して

  
ちいあ、あ、あ、あ、あ…。

ずっとそばで見ていたらわかるかもしれないって思ってたんだ。ちいが何を探してて、何に迷ったのか。なぁ、本当に何もわからないか?僕の声も聞こえないか?憶えてないか?ほら、夜中に3つ向こうの駅までよくラーメン食べにいったろ?それから、あの小さいつぶれそうな映画館とか、夏に旅行にも行ったろ?楽しかったーって言ってただろ?
よく笑ってたのに。
僕が何かしたか?
僕のせい?
なんで…、何を見てるんだよ?

  
 

チリン ポタン カンカンはひっきりなしに

  
ちい流れた…。

何が?

ちい流せずに、あたし。

わからないよ。わかりたかったけど。

ちい濡れずに、

こんなに近くにいるのに。

ちいはちきれたから。

僕は、ちいじゃないから。

ちいこの音。

もう最後にするよ。数えるのも、もう疲れた。

ちいあたしの…。

  
 

ピタリと
止んだ雨

  
ちいあ…

え?

ちいゆ き

…え?

  
 

ふと見ると
冷たい雨は雪に変わっている

もう受け皿に落ちる雨はない

  
ちい悪くないよ。

あ…。

ちいただ、あたしがあたしに迷っただけ。だから、悪くないの。これが最後でも。

  
 

ちいは確かにしっかりと
僕を見た

  
…ちい…。

ちい…。

もう1回僕を見て何か言ってよ。

ちい…。

もう終わり?一瞬だけ?

ちい…。

なのに、最後でもいいなんて…。

  
 

ぽたり

流れた

  
え?また雨…?いや…あったかい…?

  
 

僕 ふとちいを見た

  
ちい?

ちいかえりたい…。

  
 

ぽたりぽたり
ちいはまだ帰り道を探せずに
迷い続けたまま
僕は
また受け皿を用意しつづける
ポタン パタン コツン チリン
打楽器の合奏のように