第313話 (2002/03/29 ON AIR)
『春眠、暁の約束』 作:樋口 美友喜

じじい よぼよぼの足をずりずり
じじい 春の匂いを嗅ぐ

じじい もうすぐはぁーるですねぇ~…。

歌ってみたりなんかして
少し離れた家から声がする

暁(あかつき)

じじい。

フスマを開けて

じじい?

押し入れを開けて

じじいー。

トイレを開けて

じじい、どこにおんの?

じじい ここやで。こっち、こっちや。表や。

やっと玄関を開けて
暁の話し方は年のわりには何だかたどたどしい

じじい、おった…。

じじい さっき春の匂いがしたから、ちょっと歌ってたんや。ほれ、なんちゃらが歌っとった、あれ…。

じじい、さんぽ、行こ。

じじい ん?ああ、散歩な。
さんぽ、じじいと、歩く。
じじい

でもなぁ、電車の時間…。

歩く、じじいと、歩く。

じじい

…そやな。歩くか。

あーぼうし。忘れた。とりに行く。

じじい

ああ、今日はもうええよ。

でもさんぽのとき、ぼうしかぶる約束。

じじい

今日は、ほら、時間ないし、ええよ。

じじいもぼうし。ぼうしないとつるつるや。

じじい

つるつる言うな。じじい、傷つくやないか。

はい。じじいつるつる違う。

ずりずり歩くと
とことことついてくる

じじい

今日は遠くまで歩かれへんなぁ。

じじいの畑までは行く。

じじい

うん、畑まで…ふぁぁぁ…。

おっきい口や。

じじい

春はなんか、眠たいなぁ。

ふぁぁぁ、はるはなんかねむたいなぁ。

じじい

暁はじじいの真似うまいな。

うまい、うまい。

じじい

春の匂いは眠たなるわ。

ずりずり とことこ 2人は歩く

じじい。

じじい

ん?

手。

じじい

手か。ほら。

しわしわや。

じじい

じじいやからな。

じじい。

じじい

ん?

空、みずいろや。

じじい

あっちの空はもう桃色になってるで。

ほんまや。みずいろとももいろや。

じじい

もうすぐはあーるですねぇ…春の匂いやなぁ。

じじい。

じじい

ん?

向こう、行っても、こんな空、見れる?

じじい

そら見れるやろ。まぁ、高い建物あるいうても、空くらい見れるて。

向こう、行ったら、からかわれる?

じじい

へぇ?

うち、この、しゃべりかた…なおらへん。

じじい

…気にせんでええ。

なおらへんのに、またおこられる?

じじい

もう怒らへんってお母さん言うてたよ。

おかんはおとんといっしょ?

じじい

…それはな、また向こう行ってからな。

じじい…。

じじい

ん?

行きたない。

じじい

…。

ここ、おりたい。

じじい

…。

じじい、おらんと、うち…。

じじい

…じじいもな、一緒におりたいけど、夏まで、会われへんからなぁ。

え?

じじい

春の匂いしたやろ?春が来たらじじい眠たくなるねん。

!じじい、くまか?

じじい

冬眠ちゃうで、春眠や。

しゅんみん?

じじい

春の間だけじじい休ませてもらうわ。ふぁぁぁぁ…。

おっきい口や。

じじい

その間だけな、じじい寝て待ってるわ。夏になったらまた起きてくるわ。

なつ。

じじい

春に寝な、じじいの体がもたんねん。

なつ、まで。

じじい

夏まで。

がんばる。からかわれても、がんばる。

じじい

ちゃんと起こしにきてなぁ。

ちゃんと、来る。ぜったい。来る。約束。

じじい

うん。

じじい。

じじい

ん?

手。

じじい

手か、ほら。

しわしわや。

じじい

じじいやからな。

もう、ちょっとだけ、じじいと、歩く。


ずりずり とことこ
でこぼこの2人は水色と桃色の空の下
手をつないで
少しだけ歩いた