314話(2002年4月5日 ON AIR)
「なのはな」

作・

深津 篤史

  
 

バスが街並みを走っている

  
あの。

え。

今日は座れましたね。

え、ええ。

ごめんなさい、突然。

いや、その。

いつも同じバスだなあって。

俺も。

はい。

声かけるのもどうだろうって。

ごめんなさい。

いえ、いえ。

今日はあの2人乗ってませんね。

2人って、あのカップルですか?

ええ、ちょっとバンド風の。

二人して音楽聞いてる。

そうそう。

あれ、別々に聞いてますよね。

そうそう。

どうなのかな。

けど仲良さそうでしたよ。

手つないで並んですわって。

男の人が少し貧乏ゆすりしてる。

のってんじゃないかな、音楽に。

早すぎない、それにしては。

貧乏ゆすり。

タタタタタタって、そんな感じでしょ。

パンクとか。

パンクってそんななの。

セックスピストルズとか。

え???

いや知らないよね。ずいぶん前のバンドだし。

セックス。

ピストルズ。

ちょっと恥ずかしい。

あ、いやいや。

バンドやってたんですか。

いや、俺はもっぱら聞く方で。

へえ。

お仕事は。

え。

あ、いえ、その。

駅前のケータイ電話のお店で。

ああ。

あなたは。

私はそのすじ向かいの。

もしかして。

ええ、ライバル店ですね。

あらら。

これですね。

  
 

と男ケータイを取り出した

  
私のはこれです

  
 

と女ケータイを取り出した

  
交換します?

え。

せっかくですから。

明日、引っ越すんですよ。

え?

転勤で。

そう。

このバスも今日で最後です。

残念ですね。

ええ、せっかく話せたのに。

私もです。

1つ手前のバス停ですよね。

え。

1つ先のバス停で降りるんです。

じゃ、けっこう。

ご近所さんです。

  
 

女 少し笑った

  
ずっと気になってました。今ごろ、あれですが。

はい。

電話番号、交換してもね。

なんだか。

え。

(少し笑って)おかしな2人ですね。

ええ。

2人してケータイ握り締めて話してる。ボタン1つでつながれるのに。

不便ですね。

ええ、不便です。

あの。

え。

この信号を。

こえたところ。

(少し笑って)もしかして。

なのはな。

咲いてましたね。

私も今朝見てました。

一面のなのはな。

詩でありましたよね。

ええ。

あ。

真っ暗でよく見えません。

けどきっと咲いてます。

はい。

いちめんのなのはな。

もうじきですね。

はい。

話せて嬉しかったです。

あの。

はい。

これ、私の住所です。

え。

お手紙よかったらください。

はい。

電話番号かいて送ります。

  
 

2人少し笑った