第315話 (2002/04/12 ON AIR)
『猫ひも』 作:久野 那美
ゲスト出演:亀岡 寿行(桃園会)

ちりん ちりん ちりん ちりん・・・・
リズミカルに鈴の音 鈴の音 鈴の音・・・・
やがて静かになる
しばらく・・・・

外では雨が降っている
もう何日も降っている
もしかしたら何ヶ月も降っている
もしかしたら 何年も・・・・

…なあ。

うん。

それ…なんとかならんの?

なりません。

…そ。

嫌?

…べつに…そんな事もないけど…慣れたら…まあ悪くないし。

慣れて。

だから慣れたって。

女は手首に巻き付けた古いひもをいじっている

これはね、ずうっと持っとかんとあかんの。手放したらあかんのん。

これ?

このひもやろ。気になるんやろ。
ひも?いや…。

みんな言うんよね。でも、これは譲れません。あたしはどんな時もこれだけは絶対に放すわけにはいきません。

いや…俺は…。

…猫ひも。

は?

猫ひもなんよ。(ひそひそ)

ねこひも?(なぜかひそひそ)

うん。猫ひも。

…そういえば…おまえ…いつもそれ握ってんな。

うん。

ねこひもて…………何?

猫につけるひもやん。そのまんま。

その…ひもの先には猫…がついてんのか?

うん。

なんで?

猫ひもやから。

いや、だから、なんの為に…猫がついてんの?

………。

あの。

ん?

あ…そのひもの先は?

…さあ。

猫は?

だからあ、このひものさき。

それ…痛くないか?…手首に食い込んでるやんか。

…………。

その猫は…ずっとおまえがそうやってつないでおかんとあかんのか?




あたしが。……猫にひもつけて、表へ放したん。

いつ?

忘れた。ずうっと昔。

なんで?

……飼えへんかったからやろ。

なんで?

…狭いとか…いろいろ。しらん。忘れた。つっこんだこと聞かんとって。

…どんな猫?

忘れた。

あの…全然話がみえへんねんけど。

覚えてることだけ話してんのに、忘れたことばっか聞くからやんか。

肝心なこと覚えてへんやんか。

肝心なことて何?

…………。




それからずっとそうやって握ってんの?

うん。ときどき引っ張ってみたりして。


女ひもを引いてみる

切れへん?大丈夫?

丈夫なひもなんよ。

でも、痛いやろ。

別に。

ひも引っ張ったら帰ってくるん?

何が?

だから、猫。

連れ戻したらあかんの!猫はどこまでも遠くへ行くん。
そのために放したんやもん。

じゃあ、なんでひっぱんねん?

…………鈴が鳴るん。

…………。

放すとき。猫の首につけた鈴。
どんなに遠くへ行っても、生きてたらきっとどっかで鈴が鳴る。

鈴………。

はずやけど…ひっぱっても何も聞こえへん。生きてんのかな。猫…。ちゃんとおおきなったかな…。

雨の音

そのひもは…長いんか?

長いよ。ものすごくものすごくものすごく長いひも。

ひもの先はどこにあるねん。

ものすごくものすごくものすごく遠いとこ。

…だったら、しゃーないな。そんなに遠くからは聞こえへんやろ。

うん。しゃーないねん。

…………。

…でもな…鳴ってるといいな。こっからは遠いけど、ここからは聞こえへんけど、でも、誰かの近くで鳴ってるといいな。鈴…鳴ってるといいな…。


女はやがて眠ってしまった
外はまだ雨が降っている

「飼われへんかった」猫は、猫に猫ひもと鈴をつけて、外へ放した。
どこまでも遠くへ行けるように、長いひもつけて。
どこから来たんかわかるように、長いひもつけて。



猫はちゃんとおおきなったで。ちりんちりんて鈴鳴ってんで。
…おまえの首についてる鈴の音は、おまえには聞こえんのやろな。
うるさいくらい鳴ってんのにな。ずいぶん長いひもやろな…。
雨が止んだら聞こえるんかな…雨は関係ないんかな。
うるさいのは俺だけか…。
いや…それは別にええねんけど。…慣れたから…。


雨の音
でもその隙間から
遠くで「ちりん」
聞こえたような…。