第316話 (2002/04/19 ON AIR)
『NAVI』 作:サカイ ヒロト

夕暮れ 雑踏 ありきたりな携帯の着メロ 途切れて

あーもしもし。
彼女

遅いわ、もうっ、何ぐずぐずしてんのぉ。

ちょっと待てよ、それ俺の台詞だろ。待ち合わせ何時だと思ってんだよ。

彼女

ていうか。ちゃうやん。電話でんの。

え。

彼女

前はもっと早かったやん。気持ち悪なるくらいマッハで出たやん。

あー…着メロ変えたから。

彼女

何それ。

前はほら、プップクプクプクプップー。

彼女 はあ?

恥ずかしいだろ。だから周りに聞かれないようにさ、最初のプッで出るわけ。

彼女

そんなんやったら他のにしといたらええやん。意味ないやん。プップーの立場はどうなんの。

何だよプップーの立場って。プクプクプクの立場はいいのかよ。
彼女

知らんちゅうねん。ちょお待ちいや、あんた、彼女からの着メロに笑点はないやろ。

だから変えたじゃん。
彼女 やめてや恥ずかしい。あたしが笑われてるみたいやん。

別にお前が聞くわけじゃないんだし…そんな事どうでもいいんだよ、今どこだよ。

彼女

え?どこって…どこやろ。どこ?

知るかよ。

彼女

わからへん。あたしだって方向音痴やもん。

それは知ってるよ。

彼女

酔っ払って梅田から難波まで歩こ思て、気ぃ付いたら高槻の橋の上で寝てた女やねんで。

なに威張ってんだよ。

彼女

そっちこそ、どこおんのよ。

どこも何も待ち合わせ場所だろ。サンタ・サングレって喫茶店。言ったじゃん。

彼女

聞いたけど無理。どう行くん、こっちから。

なんでこっち引っ越してきたばっかりの俺が…しょうがないなあ…じゃあさ、周りに何が見える?

彼女

パンクの兄ちゃんがティッシュ配ってはる。

違うよ、建物。なんか目印になるような。

彼女

んん…あ!やさぐれ三太郎って居酒屋あるけど、こっちにせぇへん?

何を?待ち合わせ場所を?

彼女

名前似てるし。

いや、似てても。

彼女

そやな…あ、赤い観覧車。

どっち?

彼女

左手。右手に…何やろ。警察?

あー、大体わかった。そのまま真っ直ぐ。信号渡って500メートル。

彼女

今ので分かったん?凄いな、能力やな。

地元でも迷えるお前の方が凄いよ。

彼女

待っといて、マッハで行くから…愛のパワーで。

……ばーか。


ツー…ツー…ツー…


アパートの一室 ありきたりな携帯の着メロ途切れて

どうした?また迷ってんのか?ケーキ買って、料理まで作って待ってんだぞ。普通、逆だぞ。

彼女

……。

いや別に怒ってるんじゃないけどさ。冷めちゃうし、な。

彼女

今…。

え。

彼女

今、後ろから…ついてくんねん。

え。

彼女

黒い車。黒いかどうか分からんけど…恐ぁて見られへん。音、聞こえるやろ……また道、迷てん。なんか変な工場の裏みたいな暗いとこ出てもうて、あー、思とったら、ナンパされてん。無視して歩いとったんやけど、ついてくんねん。ずうっと、ついてきよんねん……どうしよ。

俺に電話してどうすんだよ、ひゃ、110番しろよ!

彼女

嫌や電話切んの怖い。それにここどこか分からへんもん。

あー、えっとえっと…叫べ、助けてーでも何でもいいから大声で!

彼女

…あかん、声、でえへん。

誰か、誰かいないのか?近くに。

彼女

助けて…。

おい、周り、何が見える。

彼女

…公園。

どっち。

彼女

左手。右手に河。

良かった。すぐ近くだ。真っ直ぐにレンガのマンションあるだろ、5階建ての。

彼女

うん。

その隣、俺のアパート。分かった?

彼女

うん。

迎えに行くから。

彼女

うん…切らんといてや。

わかった。



電話の向こう側で車のエンジン音
ドアが開きもみあう音
そして悲鳴

こちら側でドアが開き
鉄階段を駆け下りる音
車の走り去る音
そして
悲鳴

ツー・・ツー・・ツー・・・・・・・



深夜
アパートの一室
ありきたりな携帯の着メロ途切れて
無言で電話を切るがまたすぐにかかってくる

…もしもし。

それ

……。

…誰?

それ

……。

それ、拾ったんなら、悪いけど処分して。持ち主、もう…いないから。

それ

……。

契約解除の手続き、してなかったんだな。まだ…ああ、この番号も。

それ

……。

…聞いてる?

それ

あたしやで。

…え。

それ

あたしやって。

誰だよ…お前。

それ

そやから。

ふざけんな!ふざ…!…ひょっとして。お前が…やったのか。

それ

何、言うてんの?

あいつの、携帯だけが見つからなかった。鞄も、傘も、一緒に沈んでたのに。ほんとバカだよな、雨なんか降る天気じゃなかったのに。

それ

ちゃうって。

見つけてやる。警察より先に俺がお前らを見つけて、見つけて…。

それ

嬉しい。

え。

それ

愛のパワーやな。

え。

それ

ごめんなぁ、あいつらの顔、覚えてへんねん。ぎゅーって目ぇつぶってたから。その代わり、電話、ぎゅーって。耳だけ、声だけ。そやけど…切れてもうたなぁ。

…まさか。

それ

痛かったで。めっちゃ痛かった。

嘘だろ。

それ

冷たかった。めっちゃ冷たかってん。

嘘だ。

それ

あれからもう1週間も経ったん?またやわ。嫌やな、方向音痴いつになったら治るんやろ。

そんな、バカな。

それ

ほんま、あほやろ。けどもう、近くまで、来てるねんで。

……。

それ

能力ちゃう、やっぱこれ。アタシが迷たら、アンタが導く、みたいな。

俺が……導く……。

それ

左手に公園。鉄棒と砂場しかあらへん。右手にドブ河。猫がプカプカ浮いてるわ。その先にレンガのマンション。こんな時間やのにまだみんな起きてはるわ。その隣に、アパート。古ぼけた、鉄階段。


鉄階段を上がる足音が
向こう側でもこちら側でも聞こえる

「ひっ!」


電話を切る
足音も止まった
沈黙
突然ドアノブが強引に回され 火薬の爆発にも似た音を立てねじ切れる

着メロが ありふれた着メロが また
そして
ドアが
ゆっくりと
開く

それ

へえ…着メロ、そんなんやったんや…

男の声にならない悲鳴の中
着メロが鳴り続ける