32話(1996年11月8日 ON AIR)

「ひかりの箱」

作・み群 杏子
どんな花ならいいの?
花びらがハラハラと散っていくようなのが好きなの。
コスモスとか。
コスモスか。花屋に売ってるかな。
その辺に、咲いてるわ。
いいの? それだけで。
何が?
つまり、その… 今夜の…
ええ。
…かわった女だ。金は要らないから花をくれだなんて。
そういえば、この部屋は花だらけだ。
壁という壁。棚という棚。
天井までも、枯れた花で一杯になっている。
命のない花。いろんな男との、愛のない交わり。
この部屋、散らかってるでしょ。いつも、整理することばかり考えているんだけど、全然片づかないの。
…片づかないのは、僕の方だって同じだ。
心の中の何もかもが、整理させないままの状態で散らかっている。
女に誘われるまま、中途半端な気持ちで、こんな所まで来てしまった。
ね、その窓から、観覧車が見えるでしょ。
好きなの?観覧車が。
好きなのかな… そうね、多分、好きなのよね。
ここに住んでいるのも、窓から観覧車が見えるからよ。
子供の時は、高いところが怖かったの。もりお君って、仲良しの男の子がいてね、一度だけ一緒に遊園地へ行ったわ。
観覧車に乗ろうって誘われたけど、私、怖かったから、乗らずに待ってるって言ったの。
でも、いつまで待っても、もりお君、下りてこなかった…
女は、観覧車に乗ったまま、下りてこなかった幼なじみのことを話していた。
私、今でも待っているの、もりお君を。
遊園地では、カーニバルが終わりかけていた。
音楽が、とぎれとぎれに聞こえては消える。
ほら、また、回り出した。
ひかりの箱は、女を乗せて、空へ空へと登っていく。
別の箱には、今も、もりお君が乗っているのかもしれない。
その下の箱にいるのは、ひょっとして、僕ではないのか。
けれど、どの箱も、箱と箱は、永遠に、近づくことはないのだ。
 
その夜は、一晩中、花の香りがして、僕を悩ませた。
女の夢の中で、枯れた花たちが、命をふきかえしていたのかもしれなかった。