321話(2002年5月24日 ON AIR)
「Listen to」

作・

サカイヒロト

  
 

どこかの誰かの声 声 声
が巻き戻され女の声が再生される

  
あー。あー。チェックチェック…とか言ってみたりして、へへ。
この時間になるとさすがにここらも静かなもんね。昼間の騒がしさが嘘みたいだわって、知らないけど。夜遅くに帰ってきて朝早く出てく。なんか寝るために高い家賃払ってマンション借りてるって感じ。
まぁいいや別に。実際そのとおりなんだから。私にとっちゃこの町は夢とおんなじ。ほら、そんなナゾナゾあったじゃない?
『目を開けてる時は見れなくて目を閉じると見れるもの、なーに?』
…ところがそんなドリーミンな事も言ってられなくなった。目を閉じていくら羊を数えたって眠れなくなった。
いわゆる不眠症ってやつ?なに私、悩みでもあんのって誰に訊いてんの?ちょっともう勘弁してよ、明日は朝イチで会議なんだから。牧場の柵をメエメエ飛び越える可愛い羊たちを2147匹まで数えたところで諦めてコンビニに夜食を買いに行くことにした。まあそのうち眠れるでしょ…甘かった。
それ以来、夜の散歩は私の日課になったの。

  
 

自動販売機が商品を吐き出す

  
缶コーヒー業界は次々と新製品出すけど、正直私には違いがさっぱりわからない。それでも新しいのを見つけると、とりあえず買ってみるんだけどさ。なんだろ、とりあえずって。しまった、眠れない人間がカフェイン摂取してどうするんだ。習慣てのは恐ろしい。飲みたくもないコーヒーなんとなく買っちゃったり、通勤電車の吊り広告を興味もないのに見ちゃったり。
ひょっとしてその代わりに色んなものを見逃してた?見なれたはずの夜の町の顔、でもそれも駅から家までの間だけだったかも。
例えば近所の公園が月明かりの下で猫たちの集会所になる事。夜中だけやって来る屋台のラーメンが美味しい事。
それから…そう、今日の散歩の目的の…。

  
 

なにやら物色しているらしき音

  
目的のゴミ捨て場には先客がいた。ヘッドフォンした怪しい男の子。なに一体こんな時間にこんな所…って私も同じか。ここは悲鳴をあげて逃げるべきかな。そりゃ当然。当然なんだけど私はなぜだか昔読んだ小説なんぞ呑気に思い出していた。
ウォークマン…MDとかじゃなくてさカセットの時代ね、ウォークマンの最初のタイプってヘッドフォンのプラグが2つ付いてたんだって。ほら、カップルで聴けるように…うわぁ。で、主人公の女の子は電車にいつもヘッドフォンだけ持って乗り込むのね。ウォークマン聴いてる子にこっそり近づいてもう一つのプラグに差し込むわけ。つまり音楽を盗んじゃうの。
そうやってウォークマンからウォークマンへ、音楽から音楽へ渡り移っていくっていうお話。

少年悪いけど、これにはプラグ一つしかないぜ。

やばい。いつのまにか独り言を言ってたらしい。

少年それに音楽でもないし。

え?

少年今俺が聴いてるこれ。

男の子は私を見ても怪しんでる様子がない。

少年なんだよアンタ。ブツブツニヤニヤ気持ち悪いな。

なるほど、こいつもお仲間か。

少年悲鳴あげて逃げるべきかな。

なんかいい物、ありました?

少年え?…ああ、アンタも?

ええ、まあ。

少年ふうん。悪いけど早いもん勝ちだからさ。

泥棒の割には態度がでかいな。

少年人聞きの悪い事言うなよ、おい。

しまった、また独り言を。

少年捨ててあるんだぜ、人が捨てたもん拾ってそれが泥棒か?違うよな、じゃあ何?

…リサイクル?

少年そうリサイクル。え?そうかな…。

ごめんなさい、そうですよね。その飾り棚だって椅子だって、このまま捨てられるより誰かに使われた方が嬉しいですもんね。

少年…何それ。

何それって。月1回、夜のゴミ捨て場は宝の山。

少年なんだアンタ、粗大ゴミ拾いに来たの?

そ、そんな大きな声で…。

少年俺興味ないから持ってっていいよ。

え?

少年早くしないと業者が片っ端から持ってくぜ。

はあ。どうも。

少年じゃね。

…あの。

少年んあ?

いや、えーと…あ。缶コーヒー、飲みます?

少年…一本しかないのに?

飲むつもりないのに買っちゃったから。

少年買っちゃったからって。

習慣で。

少年全然飲み込めてないんだけど…ありがと。

…あなたは何を。

少年何をって?

拾いにきたって言ったでしょ?でも何を?

少年こいつ。

ウォークマン…MDとかじゃなくカセットの。

少年ていうかこいつの中身。

テープ?でも確かさっき音楽じゃないって。

少年言ったっけ?

落語?

少年いやあ…。

英会話。

少年いやいや。

落語。

少年だから違うって。うるせえな、ほら。

私の耳にヘッドフォンをかけてくれた。

  
 

テープの回る音

  
少年聴きゃわかるだろ。

聴いてもわからなかった。これって。

少年捨ててあるテープやMDの中にさ、そうだな、百本に1本位にこういう…誰かが自分の声を録音したやつが混じってるんだ。

誰の?

少年さあ。

そうよね、ゴミだもんね。

少年最初は俺もそう思った。でも違うんだ。

違う?

少年ちこちのゴミ捨て場をまわって同じようなテープ見つけるうちに気がついたんだ。何人か、同じ声がある。同じ声が、違う場所に捨ててある。

どういう事よ。

少年だからさ。わざわざ声を町に蒔いてまわってる奴らがいるんだよ。

声を…町に。

少年顔も知らない。名前も知らない。昼間にすれ違っても気付かない、だけど。そいつらがこの町に住んでる事だけはわかる。

テープの中では顔も名前も知らない女の子が、恋愛の悩みだなんだの他愛もないお喋りを物凄いスピードで話し続け、『じゃ、またね』の言葉とともに唐突に途切れた。

  
 

テープの止まる音
カラカラとコーヒー缶が転がった

  
顔を上げると男の子はいなかった。私の手に時代遅れのウォークマンを残したまま。
しばらくぼおっとして、それからふっと閃いて、捨てられたテープを片っ端から視聴した。
予感は当たったね。あの男の子の声はゴミの中に埋もれていた。学校の事。友達の事。恋愛の悩みだなんだの他愛もないお喋りを聴きながら私は、今もこの町のどこかで声を捨てまたそれを拾ってるかもしれない不眠症患者たちの姿を想像して…なんだか安っぽく泣いてしまった。
そういうルールでもあるのかな、テープはやっぱりあの台詞で終わってた。
それから何度か同じ時間に同じ場所に行ってみたけど、あの男の子には会えなかった。他の人たちにも。
だけど何本かの録音テープやMDには出会った。昼間にすれ違ってもきっと気付かない人たち。目を閉じた時にだけ見えるもの。
…それから、それから…そう、勿論というかなんというか、私の部屋は拾われ修理された家具や電化製品で充実し続けてる、へへ。
相変わらず眠れないけどダイジョウブ、私は元気。えーと…まぁ、そんな感じ。
ふぅ。なんか一気に喋って疲れちゃったよ。じゃ、またね。

  
 

再生が終わりテープがゴミの中に落とされた