332話(2002年8月9日 ON AIR)

「死体の国」

作・樋口 美友喜
<ひとつの場面 波間の死体>
ざぁ ざざぁ ざぁ ざざざぁ
ゆっくりと 穏やかに揺られて 静かな静かな海 波の間に間に漂って
ぼやけた頭はまだ起きていない
死体
…風の音…?
ざぁぁぁと また揺れた
死体
…誰?…あんまり揺らすなよ…ああ、でもちょっと気分いいかも…。
ざざぁ と
死体
かぜの おと…。
大きなあくびをひとつ
その時ざぁっと大きな波が寄せる
死体
かぜ…いや、違う。これは…(ゴン)
起きあがろうとして おもいきり天井に頭をぶつけた
死体
あっ!!いってぇ!
その痛みでやっと目が覚める
そして ざぁっと確かに
死体
波の音?なんで…(ゴン)いて。なんだ?(ゴン)いて、(ゴン)いって、(ゴン)痛いって!
四方八方に動こうとするが 行き止まり
死体
何なんだよ、ここ。ちょっと、誰かいます?電気、誰か電気!ちょっと、ここは…。ざぁぁっと波の音がするたびに揺れていく
死体
海…?ちょっ…!沈んでんのか…?ここ、何の中なんだ…?
容赦なく海はうねる
死体
うわぁ!誰か!頼むよ、誰か、おーい、おーい、誰かあぁ!
暗い狭い中で混乱する死体は 必死になって間近の板を叩く
死にもの狂いで奇声を上げ 泣き叫んで 必死になって「おーい、おーい、誰かぁ!」と繰り返す

やがて波の間に間に 奇声は消えていき
うねる波の音は一杯のバケツから流れる水音になる

<もう一つの場面 墓守の日常>
流れ出たバケツの水音を合図のようにして 一斉に泣き始める蝉
墓守
あ~…もったいない。何やってんの、私!これ今日1日分なのに。最悪。あー!うるさい!鳴くな。余計暑い。あ~あ~、今日はお風呂なしかぁ。滅入る滅入る。水で清めなきゃやってらんないってのに、この仕事。
ボーと船を知らせる汽笛が鳴る
墓守
はいはーい。今日は、確か9体だっけ。
墓守 遠くにいる船乗りに大声で呼びかけた
墓守
おーけー、おーけー、そこ並べておいて。確認は私がするから。だーから、ざ、ぼっくすきゃりーあうと、おんりー、おーけー?いい加減仕事覚えろって。まぁ、私もいい加減言葉覚えろって思われてるだろうけど。いち、にい、さん、しい、ごーろくななはち…あれ?これだけ?連絡ミスかな。ああ、さんきゅーさんきゅー。また明日ね。
ボーとさよならの汽笛を鳴らしながら船は岸から離れていく
墓守
さてと、
くぎ抜きを持った墓守は バリバリと豪快な音を立ててその蓋をこじ開ける
墓守
あなたは…島村とう子さん、21才ね。おかえりなさい。阿木成光さん、48才。おかえりなさい。二人とも交通事故?じゃあ、B地区だね。次が…。
またバリバリと蓋を開ける
墓守
小松裕太くん、4才…か。あんたの場合はどうなんだろう。おかえりなさいって何だかおかしいね。でもやっぱり、おかえりなさい、かな。…ねぇ、どんな気持ち?捨てたところにまた帰ってくるって。本当は帰りたくないの?でも、有無を言わさず帰されちゃうもんね。そう決まってるんだから。ま、何にしろ、もう話なんか出来ないから、ここに帰って来てるんだけどね。あんたたち。
…はぁ滅入る滅入る…あー、天気いー……おっし、続きすっかぁ。
バリバリと蓋を開けようとしたとき ふいに

「おーい、おおーい、だれかぁ」
墓守
え?
振り返ると 波がうねっている
それ以外はとても静かな海
墓守
何、波の…音?
「おーい、誰か、誰か、頼むよ」
波の間に間に 聞こえてくるキレギレの声
墓守
え?でも、今…。
「おーい、誰か」
「おーい、おーい」
「誰か、助けてぇ」


<重なる場面 死体の国>
死体
おーい、ほんっとに、まじで。誰か。
涙とハナミズでくちゃくちゃ
ドンドンと血がにじむまで叩く
死体
何なんだよ、沈むなよ、頼むから沈むな。あ…なんか息苦しくないか?やばいって、喋るな、あ、でも、お、おーい!
ガコンと何かに捕まれた
死体
お、おわ?何?サメ?え?サメ!?
ガコンガコンと揺さぶられる
死体
おわ、おわ、
今度はバリバリっと音がする
死体
死ぬ、絶対死ぬ。死にたくねー。うわぁぁ。
墓守
もう死んでる。
死体
え?
墓守
死んでるはずなのに、あんたなんで喋ってんの?
死体
死んでる…?
墓守
よくこの海越えて来れたね。その棺桶のおかげか。ほら、出てきて。
死体
かん…あっ、まぶし…。
墓守
ちょっと、足の親指見せてね。モリヤ、名前だけか…ってことは、あんた住所不定のプー?ホントに死体ならX地区の墓地行きだよ。
ん?どうした?棺桶酔いでも?
死体
臭いが…。
と口を押さえる
墓守
ああ、すぐ慣れるけど。臭って当たり前。ここには生きた人間なんてほとんどいないから。全部…。
死体
棺桶。
墓守
そ。
死体
俺は…。
墓守
診断ミス?仮死状態にでもなってたんじゃない?今までに1回位そんなこともあったけど。
死体
ちょっと待って、考えるから、ここって、あれ?俺は…うっ…(臭いにまた口を押さえる)
墓守
はい、落ち着いて。お水飲む?大切に飲んでよ。節水にご協力を…ってあんたねぇ!
死体
(飲み干して)うえー、まずい。臭うよ、この水。
墓守
最悪、もうないじゃない。滅入るよ、私。
死体
水飲んでるってことは、俺、生きてるってこと、だよな。どっからどう見ても。
墓守
死体はそんなおしゃべりじゃないし。
死体
で、ここは…。
墓守
帰って来たのよ。帰る場所はここしかないんだから。皮肉な話。嫌になってこの国を捨てて逃げて、いくらよその国へ行ったって、埋められる場所はここなんだからねぇ。おかえりなさい。
死体
…やっぱり、臭うよ、ここは。
墓守
あ、そう。そう言って、みんなどっか行っちゃうね。
死体
次に船が来るのは、いつ?
墓守
また逃げ出すの?
死体
だって、臭うんだって。
墓守
この臭いはどっから来る?死体?あんた?
死体
はぁ?なんで俺が臭うわけ?
墓守
本当の臭いのもとは、逃げ出していくあんたたちからかもしれないってこと。あんたたちが腐らしていってるのかもしれないってこと。でも、知らん顔して行く。
死体
で、俺にどうしろっていうの。みんなと同じことしてるだけだよ。ここに残って一緒に死体の世話でもしろってこと?でももう終わってるじゃない。死んでるじゃない、この国。
墓守
…次の船は、明日の朝9時。
死体
…あんたも、見切りつけたほうがいいよ。その服にも臭いしみついてるよ。
と 死体はそそくさと歩き出す
墓守
行きたきゃ、行け。
死体
え?
墓守
皮肉な話。どんなに逃げても、埋められるのはここ。まだ終わってないし、死んでもない。私はどこにも行かない。だって、ここは…どんな姿になろうが、どんなに死臭が漂おうが。ここが私の国。
ざぁぁぁ と白いしぶきを上げて波は小さな島をせめる
死体に国に 力強く立っているのは墓守だけ
太陽が
赤く赤く丸く
じりじりと照り付けている