336話(2002年9月6日 ON AIR)

「幸福の木」

作・松木麻里子(千年枕)
とある公園の小道
木々の間の風を通りぬけ鳥の鳴き声も清々しい
そんな風景の中そわそわと周りを見て 落ち着かない女が一人佇んでいる
…どうしよう…。近づいてくるスクーター
あ!ちょっと!
駆け出す女
うわーっ!何や!
ストーップ!お願いとまってーっ!
急ブレーキ
あ、危なーっ…ゴルァ!死にたいんかい!何考えとんねん!
フウの木って、どれ!?
はい!?
フウ!
フウ?
フウ。
はい?
あんた本職でしょ!?
何が?
その緑のエプロン。花花しいペインティングのスクーター。胸には長谷川園芸店の名前がくっきり!
それが何?
何でわかんないのよ!木よ!木!フウの木!
いきなりそんなん言われても、俺、ただのバイトやし、大体こんな公園の木って、根っこの所に名前書いた札がささってるもんでしょう?
ないから聞いてんの。
男 木の根元を確認
あーあ、誰か引っこ抜いてるわ。子供の悪戯かいなあ…?
葉っぱの形とか、枝振りとか、何かわからない?
いや、だからわからんて…大体何でフウの木なんか探してはるんですか?
いや…ちょっと…待ち合わせしてて…。
はあ?待ち合わせ?もっとわかりやすい所でやりいな。
分かりやすかったのよ!4月頃は、何か、小さな花みたいなものが沢山くっついてて…。
そら、今9月やねんから、花の季節は終わってるやろ。
色も、少し違う気がする。
ほんまにここかあ?
バイク貸して!この辺り見てくる!
マジで!?
スクーターに取り付きエンジンを吹かす女
ダメですよ!ちょっと止めて下さい!これ店のんやし!ちょっとーっ!
すぐ返すから!ちょっとだけ!
走り去るスクーター
おーい!……たまらんわ!何やねんあの女!あー……頼むから事故らんといてやー…こんなとこ店の人間に見られたら…あ、帰ってきた。
近づくスクーター
やっぱしここだわ。うん!絶対ここ!
はいはいよかったですね。ほなもう、はよ返したって下さい。
アピオ大阪が向こうに見えて、ホテルニューオータニがあっち。うん!4月に彼と約束した場所。
すご…少女漫画かい…。
一夏、長かったわ。彼はまだ大学生で、夏は留学するから、9月まで会えないって。
聞いてもいない事をべらべらとしゃべってくれてありがとう。ほな、もうこれで…。
お仕事中ごめんなさい。スクーター貸してくれてありがとう。
奪い取ったんやないかい。
男スクーターのエンジンをかけるが中々かからない
あれ?…あ!ガソリン!
え?あ…空っぽ?
かけてもかけてもかからないエンジン
うっそー…。
…ごめんなさい…。
ごめんで済んだら警察も消防署も裁判所も国会議事堂もいらん!何もかもいらん!…あんなあ…そら俺も距離計算して、ぎりぎりしか給油せえへんかったんは悪いねんけどな…。
あ、あの、近くのガソリンスタンドまで行ってきます。
待ち合わせしてるんちゃうの?
代わりに、ここにいて下さい。
いや、相手の顔知らんし。
あ、そうか…。
自分…あほやろ…。
…本当にごめんなさい…。
携帯は?
6月くらいからずっとつながらなくって、彼、貧乏だって言ってたから、料金滞納してるみたいで…。
え!今日という日をどないして決めたんですか?
4月に約束してから…5月に、メールで…。
マジで?
はい…。
お姉さん、社会人?
ええ。
大阪の人とちゃいますよね。
ええ。栃木から、会社休んで来ました。
はあ…で、夏は留学するくせに貧乏で、携帯もつながらない音信不通の学生の彼と、5ヵ月ぶりに待ち合わせ。と。
ええ。夏は留学するから貧乏で、しかたなく携帯料金払えなくなった大学生の彼と、待ち合わせ。です。
で、どれがフウか分からんようになってたと…。
でも、きっと、ここ。
大丈夫かあー?
大丈夫です。
何時の待ち合わせなんですか?
時間は…ちょっと過ぎてるんだけど、でも、もうすぐ来るわ。
俺も待ちます。
あ、おかまいなく。
ちゃう!ガソリン代、あんたの彼氏からもらう!
ごめんなさい!彼が来たら、私が払います。
どっちでもええけど。
あ、あの人…。
えー?
ほら、こっちに来る人。
あ、あの、リュック背負った、色の白い茶髪のロン毛?
そう!だらしないジーンズの着こなしもオシャレな彼。
短足なんちゃうん?
止めてよ!
ほんまに彼?間違ってない?
そう!だらしないジーンズの着こなしもオシャレな彼。
うん!
…って、彼、携帯持ってるみたいですけど?
あれ?!
ほら、歩きながらメールしてんで?
携帯のピポパ音と共に少しずつ足音が近づきゆっくりと前を通り過ぎ遠のいて行く
何や、違う人やったみたいですね。
彼…。
え!?彼?
似てた…って、思うんだけど…はは…。
いや…似てたってだけで…いや…ねえ?…ははは…。
あはは…。
沈黙する女
……あ!俺の事、彼氏やって誤解しはったんとちゃいます?……って、…ちゃうよな…。
沈黙する女
…もう、彼氏とは長かったんですか?
いいえ…友達の紹介の、そのまた紹介のメールで知り合って、4月に一度だけ会っただけ…。
なるほど…。
風の木が葉をゆらす
いや…木も季節変わって、ちょっと見た目変わりますやん。お姉さんも、髪型とか、服装とか、4月からちょっと変わったんとちゃいます?
……うん……。
女の人って、ちょっとした事でかなり印象変わりますからねえ。一回しか会った事無いんやったら、わからんかったんとちゃいますか?
……ええ……。
まあ、でも、待ち合わせには来てくれた…?かな?みたいやし、追いかけてみるのも…いや…どうやろ…?
……帰ります…ごめんなさい…仕事中に…。
はあ…わざわざ栃木から…。
あ、ガソリン代!
あー、あの、俺の店ね、この公園ぬけた所にあるんですわ。お洒落っていうよりか、何か素朴な店なんですけど…観葉植物とか、けっこうええやつ入ってますから、見に来はります…?
…私…お金…。
あ、もし気に入ったやつがあれば、その、ガソリン代で、他の人には内緒でサービスさせてもらいますわ。それに、見るだけでも気持和むし…。
…じゃあ…。
はい。
幸福の木って、あります?
ああ、ありますよ。そんな名前の観葉植物。
待ち合わせの木を見上げて女はぎこちなく笑顔になる
…この木じゃなかったみたい。
ですね。
風にゆれる木の葉のざわめきと鳥の声 二人ちょっとだけ気を使い会いつつ談笑しながら公園を後にする