34話(1996年11月22日 ON AIR)

「夕  焼  け」

作・松田 正隆
登場人物

女(あるいは妻)
夕方。病室。ベッドに寝ている男。
ドアが開いて、女が現れる。
「あ、ありがとう。」
「いえ。…ここに置いときますね。」
「うん。」
「…、こんなのでよかったのかしら、花ぐらいしか思いつかなくて…」
「いやいや、いいんだよ…ホント…きれいだよ。食べものは、ホラ、いろいろと医者がうるさくてね。リンゴぐらいならいいんだけどね…。」
「そうなんですか…。」
「うん…。…いや、ありがとう、今日は…。来てくれるとは思ってなかったよ。…うれしいよ…。ホントに…。」
「…手術、なさるんですか…。」
「うん…。…近々ね…。やるみたいだけど。」
「…そうですか…。」
「…どうなんだかわからないんだけどね…。もう、二ヶ月も検査ばかりでねぇ…。誰も、ちゃんとしたことを教えてくれないから…。(苦笑する)」
間。
「…奥さんは?」
「…何か買い物にでも行ったんじゃないかな街まで…」
「…そうですか…。」
間。
「…何、…元気にしてるの。」
「私ですか。」
「うん。」
「ええ…元気ですよ…」
間。
「会社やめて、ずいぶんになるものね…」
「ええ…」
「…すまないことしたな、とか、思うときもあってね。」
「別に、…ヤマダさんだけのせいじゃないじゃないですか。私だって悪いんですよ。…会社、やめたのだって、私が自分で決めたことなんですから…。」
「…何だかさ…。いろいろ、言っておかなきゃならないことがたくさんあったような気がしてさ…。私も…ちょっと、あのころ、さけてたようなところもあってさ…君のことを…。つまらん男だよ。全く…。」
間。
「…まあ…、つらくなかったって言ったらウソになるけど……。」
「そうだろ…。すまない、本当に。」
「やめてくださいよ。お互い様ですって…」
間。
「カーテン、閉めましょうか。…西日、きつくないですか?」
「いや、いいんだ…このままで…。まぶしいくらいで。…そうでないと生きてる気がしなくて…。」
間。
「…私、結婚するんです。」
「…あ、そう…。よかったじゃない…。」
「ええ。…いい人なんです、とても。」
「…そう…。」
間。
…あのころ…。あなたと、別れて、苦しかったころ…。今のことばをあなたに投げつけてやりたいと、何度、思ったか知れないんですよ。きっと、胸のすくような、思いがするだろうって…。それだけを信じて、いくつもの眠れない夜をしのいできたんです。」
「…そう…。じゃ、今、実現したんだ…。」
「はい。」
「どうだった?」
「…別に、たいして、…何ともないですね、不思議なことに…。」
「…そう…。…残念だったね。」
「あ、ホラ…陽が沈みますよ」
「ホントだ…。何だか、街中、火事みたいに赤いね。これじゃ、うちのカミさんも焼け死んじゃうねぇ…」
「…え? 誰が焼け死ぬんですって?」
「え?…。」
間。
「リンゴでも、むきますか?」
「うん…。…君、…いつかえって来たの?」
「え?…何言ってるんです? …ずっと、私、ここにいましたよ。」
「…そう…。あ…いや、いいんだ。」
間。男、ベッドの脇のサイドテーブルの上の花を見つめ
「…この…花…誰が、持ってきたんだったっけ…。」
「私が今日の朝、買ってきたんじゃありませんか。…どうしたんです?…大丈夫ですか?」
「…え?…うん…。」
間。
「…なぁ…。」
「はい?」
「…オレ…。」
「もう、よしてくださいよ。何ベンも言ってるでしょう、胃潰瘍だって…。沢田先生だって、この前から、そうおっしゃってるじゃありませんか。…ね、だからもう、心配なさらずに、手術なさって下さいよ…。」
「…うん…。」
間。
「…カーテン、閉めましょうか。…西日、きつくないですか…。」
「いや、いいんだ…。このままで、…まぶしいくらいで…。そうでないと、生きている気がしなくて……。」
夕焼けの中の病室。