347話(2002年11月22日 ON AIR)
「VOX」

作・

サカイヒロト

  
 

時速911km 秒速にして1秒間に253m 撃ちだされた銃弾の速度 銃口と僕との距離はおよそ3m あと0.01秒ってこと 大丈夫 まだお喋りするくらいの時間はある そう なぜ僕の頭が撃ち抜かれなきゃならないのかっていう お話

  
声1もしもーし、誰かいますかー?

声2バーカ。

ノックノーック。

ちょっと!

冗談だよ、殴るわけないじゃん・・にしてもなあ。

うん。

お前がお母さんとはねえ。

だよねえ。

甘えたで泣いてばっかいたお前が?料理一つできなかったお前が?鼻水たらしてコマ付自転車乗ってたお前が?

それいつの話よ。大体、なんで知ってんのよ、私が鼻水たらしてたかどうか。

え、たらしてたの?

殴るよ。

殴ってから言うなよ・・まあ・・子供は好きだったか、昔から。

・・うん。

おめでとう、良かったな。

ありがと。

旦那さんは?

いるよ。

知ってるよ。元気かって訊いてるんだよ。

遊びにきてよ、一回くらい。

ん・・まあ、そのうち。

会ってみてほしかったな、あの人、あなたに似てるのよ。顔とか・・雰囲気?

・・。

あなたの子供が産みたかったなあ。。

・・バーカ。

なんで私があの人と結婚したと思う?

冗談だろ。

冗談、冗談・・うん、冗談だよ。

あのなあ、胎教に良くないぞ、そういうこと言うの。

聴いてるのかなあ?

聴いてる、聴いてる。お腹ん中いる時から耳だけは聴こえてるって言うでしょ。

そうなの?

そうなのって、お前なあ・・母親になるんだろ、勉強しとけよ。

聴こえてるか、そうだよねえ、喋れるんだもんねえ。

え?

知ってる?赤ちゃんってさ、口だってきけるんだよ・・。

バブバブー。

本当だって。ほら、聴いてみて。

ちょっ、やめろよ、こんなとこで。

なに照れてんのよ。昔はよくこうやって膝枕してあげたじゃん。

あ、あのなあ・・え!?

・・聴こえるでしょ。

そんな・・まさか。

  
 

子供達の歓声や小鳥のさえずりはたゆたう水の中へと溶けていく

  
いつからだろう、僕が夢を見るようになったのは。夢の中で僕は魚になって海を飛び、鳥になって空を走った。水も空気も、音さえも暖かくて柔らかかったけれど、寂しくて痛い声だった。どうして泣いてるの?お母さん。

  
 

女性の悲鳴 冬の日の公園 陽だまりのベンチ

  
おい!しっかりしろよ!おい!

あ・・。

びっくりするだろ、突然。

聴こえた、でしょ!?

何が?

声。赤ちゃんの、声。

・・バカ。んなわけないだろ。

なんで?聴こえるじゃない!こんなにはっきりと!

おい、静かに。

痛い痛いって!痛い痛いって泣いてるじゃない!

お前・・大丈夫か?ひょっとしてアレか、妊娠ノイローゼってやつか?

え?

だからさ、体調の変化で精神的にさあ。

色々知ってるね、子供嫌いのくせに。

最近、増えてるからな、そういう事件も。

母親が子供ベランダから落としたり?。

・・なに言ってんだよ。

私も落としちゃうかもしれないね。

やめろよ。お前、疲れたるんだよ、きっと。

うん・・そうだね。

そうだよ。こんなとこいないで、早く帰って優しい旦那さんに頭なでてもらえよ。

・・。

いや、俺に出来ることがあれば、うん、力になるけどさあ。

帰っても、いないもん、あの人。

まあまだこんな時間だからな。俺もそろそろ戻らないと。

ねえ、お巡りさん。

・・なに、急に。

赤ちゃんがね、痛い痛いって言うの。

だからさあ。

あの人がお酒飲んで私たたくたびに、痛い痛いって泣くの。

・・。

お母さん、どうして僕は痛くされるのって訊くの。

お前。

お母さんはなぜ泣くのって。僕が、守ってあげるよって。

・・。

声がするの。はっきりと。私の・・お腹の中から。僕を守ってって。僕が守ってあげるよって。それから、それから・・それから先は何も覚えてない。気がついたら、あの人が倒れてた。昨日磨いたばっかりの真っ白な床に血が流れてて、私の手に包丁があって、何が何だか分からなくなって、そしたらまた声が聴こえて、ほら、僕、守ったよって笑って、笑って、私、私!

落ち着け!落ち着けって!大丈夫だって、夢でも見たんだって!

夢?

そう、疲れてんだよ。

ううん、違うよ。だってほら、これ。

あ。

血がついてる。

しまえ、それ、バックん中しまえ!

うん。

なんだこれ・・なんだよこれ。

私、どうしたらいい?

落ち着け!落ち着け俺・・とにかく、お前んち行こう。で、旦那さんに会おう。

だから死んでるってば。

死んでない!そんなわけない!

・・私、怖いよ。自分がじゃないよ、この子が。私の中から話しかけてくるこの子が怖くて仕方ないの。私に何をさせるか分からないこの声が。

・・。

自首する前に、病院いきたい。赤ちゃんを、殺したいの。お願い、つきあって。

・・ああ。

守ってくれる?

守るよ。

助けて。

うん。

助けて。

分かったってば。

助けて!

ちょ、ちょっと待て、どうしたんだよ、何すんだよ!

  
 

子供達の歓声 冬の日の公園 陽だまりのベンチ 柔らかな服と体を刃物が貫く音

  
痛え・・。。

また苛めるんだね?お母さん、今度はこの人が苛めるんだね?

  
 

一発の銃声

  
時速911km 秒速にして一秒間に253m 撃ちだされた銃弾の速度 残念ながら僕の話もそろそろ終わり。お喋りはやめにして、残された時間はもうしばらくの夢を見る事にするよ。あれ?こんな話信じられないって?僕たちは生まれるまでに1億年分の夢を見る。魚の夢、鳥の夢、人の夢。でも生まれると同時に何もかも忘れてしまう。そうだろ?君が生まれる前に何を考えてたかなんて、どうして君に分かる?

  
 

全てはまどろみの中に溶けていく