352話(2002年12月27日 ON AIR)
「文字の味」

作・

樋口 美友喜

  
 

街を歩いているのは文字好きなじいさん
通称もじい
テレビではもう紅白歌合戦が始まっているころ

  
もじぃ年の瀬~、てかぁ。年の暮れ~、てかぁ。暮れも暮れ~、おくれぇ~、おくれぇ~。捨てるくらいやったらおくれぇ~。燃やすくらいやったらおくれぇ~。忘れるくらいやったらおくれ、おくれぇ~。年の瀬~、てかぁ。年の暮れ~。てかぁ。おくれおくれぇ~。

  
 

トントンと色んな家のドアをノックしては

  
もじぃごめんくだせぇ~い。ごめんくだせぇ~い。捨てるんやったらくだせぇ~い。

  
 

もちろんどの家も相手にしてくれない

  
もじぃ冷たいね~。あ~腹へったね~。ふう・・・収穫なしかいな。あると思ったのにね。大掃除の時期は・・・帰ろかね~。

手書き帰るんですか?

もじぃお?

手書きもじい・・・。

もじぃはあ?

手書き文字が好きなおじいさんやから、もじいって呼んでるんです。みんなで。

もじぃみんなぁ~?

手書き噂だけ聞いていたから、ほんまにおるのかも分からんかったけど。でも、大掃除の頃にはフラフラ出てくるって。いつもは下水の横穴に住んでるんやって。

もじぃわし・・・いつのまにそんな有名人になったんやろ~?

手書きやっぱり!?

もじぃああ、あいつが喋ったんか?あの、なんやへたくそな小説書いてる奴。

手書きいいえ。

もじぃじゃあ~、あれや。手紙まにあ、とかいう学生さんか?

手書きいいえ。

もじぃはて?

手書き誰か知らんけど、言うてた。

もじぃ知らん~?

手書きネットで知っただけやから。

もじぃねっとぉ~?

手書き今、ネット上で超有名。

もじぃ流行のでんのーってやつやな?好かん、わし好かんわ~、あれ。あんなんどうやったら腹の足しになんねん。

手書きやっぱり、手書きの文字じゃないと食べてくれへんの?

もじぃ当たり前やろ。手書きほどうまいもんはないわ~。まったりしてるわ。

手書き食べてください。

もじぃにわかに何言うねん?

手書き書いてきてん、私。ちゃんと手書きやから。

もじぃひやかしちゃうやろな。

手書き何でですか?

もじぃあれやろ。若い子とか、おうえるとかは雑誌に載った食べ物屋とかすぐ行ってみるんやろ?困るねんなぁ~。わしはな、人が気持ちこめて書いた文字が好物やねん。困るわ~。そんなに有名?これから行列とか出来たらどないしよ。

手書き困るわ~とか言いながらうれしそう。

もじぃそら、最近少ないからホンマに腹へっててん。でんのーはわしの敵や。

手書きそうなんですか?

もじぃなあんやぁ?めいる?なんじゃそら。あれが幅きかしてるからな。携帯なんかでもチョイチョイ送れたら、お前らいつ文字書くねん?

手書きだって便利やし。

もじぃ食わん!そんなこと言うやつの文字は食わん!

手書きああ!でも今回は特別。これだけはちゃんと手書きで書こうって思ってたから。ほんまやで。はい,これ。

もじぃふん。ふんふん。もじぃは手紙の臭いを嗅ぐ

もじぃAタイプやな。

手書きAタイプ?

もじぃ普通のレターセットってことや。あ?差出人がないで。

手書きいいねん。

もじぃああ、恋文やな。手渡ししようと思ってできんかった思い出の手紙やろ。

手書きいいえ。

もじぃじゃぁ~、母の日に「お母さんありがとう」の手紙書いたけど照れくさくて渡されへんかった思い出の手紙か?

手書きいいえ。

もじぃ友達関係やな?仲直りの手紙とか、相談事とか。

手書きいいえ。

もじぃ誰あての手紙やねん。

手書きいいやん。食べてくれたらそれでええんやから。

もじぃはて?

手書き何です?

もじぃやっぱりひやかしかいな?

手書き違いますって。

もじぃいーや。そうや。絶対そうや。普通は捨てるもんをわしはもらって食べるねんぞ?昔の女からもらった手紙とか、持っててもしょうがない駄作の束とか。それやのに、なんであんたは、わざわざ“食べてくれ”って持って来るんや?あやしいわ。友達とグルになってひやかしに来てるんちゃうんか?

手書きだって、それ・・・自分。自分あての手紙やから。

もじぃあ~?

手書き残しておきたくない手紙やから。もじぃが食べてくれたら、跡形もなくなるんでしょう?

もじぃそうや。キレイさっぱり食べるからな。何にも残らん。

手書き文字ってどんな味?

もじぃ食べたやつにしか分からんね~。活字はどれも同じ味やねん。まぁ、いうたらファーストフードっちゅう感じやな。

手書き例えば?

もじぃたとえ?

手書きどの文字がおいしいんかなぁって。

もじぃそら、あんた、やっぱり「愛」やろ。「愛」。ほわ~んてあったかいで。

手書きへぇ・・・。

もじぃせつねいんやけど、わしは「さよなら」が好きやなぁ。ちょっと甘酢っぱいんやけど。さよならしたくないけど、さよならするわ・・・の「さよなら」が一番甘酢っぱくてええねん、これが・・・。

手書きどうしたんですか?

もじぃ最近、ええ文字食べてないね~。紙もあんまり捨ててないし。拾い食いもできん。

手書き電波で届くしね。

もじぃ年も暮れぇ~。おくれぇ~、てかぁ。

手書きひやかし、違うから。

もじぃそーか。

手書き今までの中で一番気持いれて書いたから。

もじぃほな、まあ、いただきま。

手書きどうぞ。

  
 

もじい 封筒から手紙を取り出した ごそ その時

  
手書きあっ!

もじぃ何や?

手書きもうすぐや。

もじぃあ?

手書き新年。

もじぃああ、除夜のかねぇ~、聞こえるかなぁ~。

手書きもう、行かな。時間がきてしまうから。

もじぃ門限かいな?

手書き・・・うん。そう、私の門限。今年中に終わらすねん。

もじぃはぁ?

手書きもじぃ、それ、ちゃんと残さず食べてな。お願いします。一言も残さんといて。ほなね。

もじぃそんなもったいないことするかいな・・・あ・・・。

  
 

手書きはもう遠くまで走っていってしまっている

  
もじぃ行ってしもたわ~。門限厳しいんか・・・。

  
 

手紙を開けて、もじぃは食べ始める

  
もじぃ久しぶりの手書きやわ。いただきま。ええっと・・・。

  
 

もじいはゆっくりとその言葉たちをかみ締める

「これで終わりです。色んな事を考えて試してみました。けれど答えは分かりません。どこで何を間違えたのか分かりません。だから私の時間をここで止めてしまおう。明日へは決して行かない。私の欠片はどこにも残さないと決めた今、全てが、とても静かで澄みきっています。さようなら。全てのものに。さようなら。あたし。」

クシャクシャと その手紙を食べ終えた もじい少しうつむいた
少し溜め息をついたのかもしれない

  
もじぃ・・・これは、しょっぱいわ・・・こんなん・・・しょっぱすぎるわ・・・。

  
 

もじぃ 背中を丸くして下水へと入り込んで行く
ゴーン
と もじぃは背中で除夜の鐘を聞いた