第357話 (2003/1/31 ON AIR)
「ノット・イコール」 作/サカイヒロト

朝のテレビのワイドショーが流れている
わたし

(歯を磨きながら)え?俺に喋ってんの?

アナタ

(テレビの音の向こうから)当たり前じゃん、他に誰がいんのよ。

わたし

(磨きながら)いや、だってこっち向いてくれないとさ、分かんないでしょ(うがいする)。

アナタ

二人しかいないのに。

わたし

(うがいし終わって)独り言かなって。

アナタ

言わないよそんな、気持ち悪い。

男 部屋に戻り座って化粧している女の後ろに立つ
わたし

ええっ?言ってるじゃない、いつも。

アナタ

嘘。

女は振り返らず鏡ごしのままで話す
わたし (鏡を覗き込んで)言う言う。化粧しながら、なんか。
アナタ

えー、なんて?

わたし

(高い声で)鏡よ鏡よ鏡さん・・。

アナタ

言わない。

わたし

(高い声で)高木よ高木よ高木さん。

アナタ

誰よそれ。

わたし

(低い声で)E△TΨΦΓΗΗζΧ・・。

アナタ

やだ、気持ち悪い。

わたし

言うんだって、とにかく。

アナタ

嘘ばっか。

わたし

・・。

アナタ (照れて)・・ちょっと、もう、そんな見ないでよ。
わたし

・・。

アナタ (甘えて)恥かしいじゃない、もう、なによお。
わたし

眉毛は・・どこ?

アナタ うるさいわね!今から描くの!
わたし

あー、そっか。びっくりした。

男は鏡から離れテレビの前に座る。
アナタ

悪かったわね眉毛なくて!(と眉毛を描く)。

わたし (テレビのチャンネルを変えながら)冗談冗談、怒んなってば・・にしても女の子ってよくやるよなあ、毎日毎日、飽きもせず・・。
アナタ

(眉毛を描きながら)別に好きでやってるんじゃないから。

わたし (チャンネルを変えながら)なら、やらなきゃいいじゃん。
アナタ

(描きながら)そういう訳にもいかないでしょ。

わたし (変えながら)そんな事ないでしょ。
アナタ

(描きながら)すっぴんで会社に行ったら、みんなが誰だか分かんないよ。

わたし (結局、元の番組に戻し)そんな事は・・あるか。
アナタ

(描き終わって)否定してよ。

わたし ・・ごめん。
アナタ

謝んないでよ、気ぃ悪いなあ。

沈黙 ワイドショーが流れている
わたし

(以下、テレビを見ながら)でもあれだよ。

アナタ

(以下、化粧をしながら)どれよ。

わたし 顔はね。
アナタ

(適当に)んん。

わたし

人間てのはさ、鏡に自分の顔映す時、無意識に一番よく見える角度とか?表情とか作っちゃうらしいからさ。

アナタ

(投げやりに)ああそう。

わたし

そうなの。自分が見てる顔と人が見てる顔は違うっていう。

アナタ

(段々と苛立ってくる)・・だから?

わたし

つまりさ、今そこに映ってる顔から何パーか常に引いとく謙虚さが必要で・・あ、口紅ずれたよ。

アナタ

もうっ時間ないのに!

わたし

大丈夫だって。まだほら占いのコーナーやってるもん。・・水瓶座のあなた、今日は対人関係に注意、だって。

アナタ

・・。

わたし

ラッキーナンバーは6、ラッキーカラーはビリジアン。ビリジアンって何色?

アナタ

・・。

男はふたたび立ち上がり女の背後へ

わたし

なんか喋ってよ。

アナタ

(化粧を終え、髪を梳く)対人関係に注意、少なくともそれだけは当たってるみたい。

わたし

そんな怒んなよお。今日はほら、ねえ。

アナタ

(ブローを始める)ふん。

わたし

(鏡を覗き込んで)レストランだって予約してあるし。

アナタ

へえ。

わたし

最初のデートで行ったでしょ、あそこ。

アナタ

うん。

わたし

記念日なんだからさ、機嫌直してよ。

アナタ

うん。

わたし

つきあって5年目の、記念日。

アナタ

(ブローを止め)覚えてて、くれたんだ。

男は女の斜め後ろに座る

わたし

当たり前じゃん。覚えてるよ、全部。どこ行ったか、何話したか、好きな映画、好きな音楽、本当は眉毛がない事。

アナタ

それは、忘れろ。

わたし

はい。

アナタ

(また、ブローを始める)じゃあ、あれは?覚えてる?えーと3回目のデート。

わたし

・・ミスチルのコンサート?

アナタ

そうそう。

わたし

必死こいてチケットとったんだけど。

アナタ

コンサート終わってからよくよく話してみたら。

わたし

実は二人とも嫌いだったっていう。

アナタ

お互い、相手がファンなんだって思って我慢して。

わたし

ハハ。

アナタ

なんでそんな思っちゃったんだろう、謎だねえ。

わたし

いや、いたじゃない俺らのサークルの先輩に、凄えマニアが。で、その人に話合わせてたから、それで。

アナタ

いたっけ?そんな人

わたし

いたでしょ、えー?忘れちゃったの?

アナタ

いないよお。

わたし

いたってば。

アナタ

・・。

女はブローを終えて立ち上がり鏡前から離れる 男は座ったままなんとなく鏡を見ている ワイドショーが流れている

わたし

まあ・・いいけど。えーと、あれ?何の話だっけ?

アナタ

(以下、上着など着て出勤の支度をしながら)記念日。

わたし

そうそう、こっち仕事終わったら電話するから。

アナタ

(以下、上機嫌に)フフ。

わたし

どうしたの。

アナタ

もしもし?

わたし

え?

アナタ

電話の時、絶対もしもし?って語尾上がるよね。

わたし

もしもし?

アナタ

それそれ。

わたし

・・言わないよ。

アナタ

言うって。

わたし

もしもし?・・何、疑問に思う訳?

アナタ

知らないよ、あたしじゃないもん。

ワイドショーが流れている 女は部屋から出て行く

わたし

(ぼんやりと)俺が?

アナタ

(テレビの音の向こうから)そういうのって自分じゃ気づかないんじゃない?ご飯食べるとき、必ずお箸こすり合わせるのとか。

わたし

そんな事。

アナタ

ほら知らない。じゃあじゃあ、寝る前に部屋の電気消してもう一回つけてから消すのは?

わたし

・・。

アナタ

知らないことばっかりだね、フフ。

ワイドショーが流れている 女が部屋に戻ってきた

アナタ

そっかー、レストランかー、奢りだよね、もちろん。

わたし

う、うん。

アナタ

ラッキー。

わたし

・・。

アナタ

よし。と。準備OK。

わたし

・・。

アナタ

さ、行こっか。

わたし

うん・・(動かない)。

アナタ

どうしたの?鏡なんか見ちゃって。

女 鏡を覗き込んでいる男の後ろに立つ

わたし

自分が見てる顔と人が見てる顔・・。

アナタ

(鏡を覗き込んで)早く出ないと会社遅れちゃうよ。

わたし

俺、こんな顔してたっけ?

アナタ

大丈夫?顔色悪いよ。

わたし

誰だ?これ・・。

アナタ

え?何聞こえない・・。

鏡に映る二つの顔
ワイドショーの笑い声、高まって・・またいつもの朝が始まる