第362話 (2003/3/7 ON AIR)
「STORY FOR ONE」 作/サカイヒロト

冬の昼下がり、太陽はすでに西に傾き始めている 花束を抱えた男が坂道を降りてくる 見下ろしたそこにはすでに花束 木々に包まれた墓地の一角

・・あれ?

ヘッドホンをつけた女が手桶を下げて登ってくる

・・。

・・こんにちは・・あの。

はい。

これ、花。

ええ。

あ、やっぱり。無駄になっちゃったな・・。

すいません・・持って帰ります。

いやそんな。

でも、持ってこられたんでしょう、お花。
お供えしましょう、両方。

え、でも。

二束分の花を墓前に供える

・・ゴージャス。

やっぱり持って帰ります、私。

いいじゃないですか、派手で賑やかで。

お墓が派手で賑やかっておかしくないですか?

あいつらしいし。

・・お兄さん、でしたよね?

えっと・・お友達の方?

同じクラスでした。

御免なさい、僕、忘れっぽくって。

ううん、一度お会いしただけですから。

はあ。

もう5年も前ですから。

・・。

お先に、いいですか?

え。

お線香。

お線香・・あ。

忘れたんですね?

いえ・・はい。

どうぞ、これ。

ありがとうございます。

敬語でいいですよ、年下なんですから。

そう言われても、ねえ。

なんか痒ーくなるんです、モゾモゾってする。
モゾモゾ、ですか。
ほら敬語。

じゃあ・・まあ・・使いませ・・ぬよ。

お侍みたくなってますよ。

急には、やっぱり。

じゃあ徐々に。敬語でなくしていく方向で。

方向でね、はい。

二人 線香を墓前に供える

いつもありがとうございます。

はい?

花。いつ来ても別の花、供えてくれてるじゃないですか。

違います。

え。

私じゃないです。私、減多に来ないから・・すいません。

謝らなくても。実は僕もね、ほとんど。いつも親父とお袋が来るんですけどね、二人とも風邪で、ええ。

そうなんですか。

そうなんです・・そうなんだよ。

・・徐々に?

徐々に、徐々に。

二人 笑う 空気が少し和らいだような感じがした

あったかい。今日はあったかいですね。

もう3月だからね。

こんな着込んできて失敗しちゃった。

もう、5年もたつからね。

・・。

誰なんだろう、花。

友達、多かったですから。

うん。

誰でしょうね。

夕方まで待ってみようか。ひょっとしたら来るかも。

来ないかも。分かんないですよ。

そうだね、分からない。何にも。・・日記を読み始めたんだ最近。変だろ?今頃になってあの時に読まないで、今頃になって。色々理由つけてたけどさ、面倒臭かったんだよ、結局。色んなこと考えたりするのが。

分かります。

分からないよ、君には。

・・そうですね、分かりません。

御免、そういうつもりじゃ・・。

分かってます。

・・うん。日記を読んでるとね・・全然、何にも、あいつの事知らなかったんだなあって。何にも分かってなかったなあって分かる。好きだった小説家もバンドも初めて知ったし。

多分・・きっとそうやって・・なんて言うか・・心の中に行き続けるみたいなのが、えっと、あの子にとって・・。

そんなんじゃないんだ。怖いんだよ。

何が?・・ですか?

忘れるんだよ。5年も経つとね、忘れてしまうんだ、あいつが・・いたって自体。時々ね。時々、忘れる。先週の火曜日の夜中、プロ野球ニュース見ててフッと思った。この1ヶ月が忙しかったって訳じゃない。今までの4年11ヶ月と変わらなかった。こうして、このまま忘れていくんだろうなあって思うと怖く・・怖いっていうか申し訳ないっていうか・・うまく言えない。

冬の空は高く晴れている。

卑怯なんだよ、僕は。

私は私も卑怯です。

・・え。

今、私、大学のサークルで映画撮ってるんです。

凄いね。

凄くないです、自主映画だからみんなで何でもやらないと。主演女優が照明のランプ持って走り回ってたり。で、脚本とかも書いてて。ていうか、なかなか書けなくて。元々そんな才能ないし、日常そんなドラマみたいな事も起こらないし。

でも書いてるんでしょ。

今までの21年間の中で一番ドラマみたいなのってあの子の・・この子の事なんです。

ドラマみたい・・。

書き詰まるとここに来るんです。ここに来て確認するんです。ああ私には書ける事がある、撮れる映画がある、良かったって・・お花供えて、お線香あげて、で、元気になって帰るんです。

・・。

ずるいんです・・違う、残酷?自己中?・・うまく・・うまく言えない。

撮ればいいんじゃないかな、それでも。

いいん・・ですか。

君が映画を撮って、僕は忘れていって、誰かが花を供えに来て・・それでいいんじゃないかな。

卑怯でもいいんですか。

卑怯に、生きていこうよ・・それしかできないんだから。

・・はい。

冬の空は高く晴れている

思い出しちゃった。

何をですか。

君の事。通夜の時にほら。

あ。

「あなたのせいです!」って。

あれは・・酔っ払ってて。

うん、凄く酔っ払ってたね。女子高生が。

恥かしい。すいません・・忘れてください。

親父が無理矢理のませたんだっけ。

本当に、お願いします。

何の事だか分からなかったけどね。

意味なんて、全然、ないんですから。

日記にね、書いてあったよ。僕が昔、子供の頃、兄弟喧嘩してて「ブス!」って言ったんだって?御免、全然覚えてないんだけど。あいつはずっと気にしてたんだねえ。

お兄さんの事・・好きだったから。

ほとんど口もきかなかったのに。

よく私らに自慢してましたよ、「うちのお兄ちゃん格好いいんだよ」って。

格好いいかな、僕。

そうでもないです。

だよね。

お通夜で初めて会って「あれ?」て思いましたもん。

あれ?かあ。

あれ?でしたよ。

女はつけていた自分のヘッドフォンを男の耳に

あれ?

これ、この子の好きだった曲。今度の映画に使おうと思ってるんです。

音楽がかすかにもれ聞こえる 女の手は男の両の頬を挟んだまま 太陽はまだかろうじて沈んではいない