第364話 (2003/3/21 ON AIR)
「声ナシ女の埋葬」 作/樋口美友喜

土屋 それは、僕はまだ僕が神様を信じていなかったころのこと。僕は空に昇る声を聞いた。

土屋の頭の中で、時間がさかのぼる

チーンと、仏具を鳴らす土屋

土屋

それでは皆様、最後のお別れを。

さめざめと泣いている人々

チーンともう一度大きく鳴らす

土屋

出棺でーす。

ガコン ガコン ガコン ギギギギギ ザザー ザザー

シャベルがコンクリを運ぶ

ガラガラと崩れる建物

外装が崩れてむき出しの骨組みが見えてくる

チーン、と仏具を鳴らす土屋

土屋

なむ。

崩れていく建物に静かに合唱をする

ガヤガヤと大勢の人の声

土屋

皆様、解体作業に入りましたのでお下がりください。危ないので黄色の立ち入り禁止のテープより向こう側には行かないように。

ガヤガヤと大勢の人の声

土屋

お疲れ様でした。お疲れ様です。どうぞ心落としのないように。きちんと供養してあげれば必ず報われますから。輪廻転生、未来永劫。なーむー。

ダーン ダダ ダーン ダダ ダダダダダーン

と、お葬式の曲の着メロがなる

土屋

はい、もしもし。いつもありがとうございます。メモリアルパークの土屋です。はい、はいはい。・・・そうですかお嬢さんの、ええ、お気に入りのぬいぐるみのウサコちゃんのお葬式・・・ご愁傷様です。ええ、どうぞお任せください。人からモノから建物から、思い出の品でもなんでも手厚く供養しますから。ええ、マルチ葬儀屋ですから。はい、それでは明日の夕方頃ですね。分かりました。失礼します。

ピ と携帯を切ると

土屋

ウサコちゃんね・・・ぬいぐるみの料金が6万円と。ぼろいね。ぬいぐるみにお葬式出してどうなるわけでもないのに。心の持ちよう、てか?バカかー、てか。ん?

土屋、ふと振り返ると声ナシ女が立っている

土屋

うわ!びっくりした。

声ナシ

・・・。

土屋

あははは・・・あの、もうこのビルのお葬式は終了いたしましたので。どうぞホテルのほうでお食事を・・・ん?

声ナシ

・・・。

土屋

ねえ、供養は大事ですよ。あー・・・聞こえてました?ん?

声ナシ

・・・。

土屋

あの・・・ん?

声なし女は黙って土屋の仏具を奪い取る

土屋

あ・・・!それ商売道具ですから。ちょっと・・・。

チーンと鳴り響いた

土屋

あのね、あなたね、返してもらえません?

チン、チンと二回鳴る

土屋

ビルのお葬式の出席者の方?

チン、チンと二回鳴る

何も言わない声ナシ女

土屋

違うの?

チーンと一回鳴り響いた

土屋

ん?

土屋、何かに気がついた

土屋

この、ビルの、お葬式の、出席者じゃないんだ。

チーンと一回鳴り響く

土屋

しゃべれないの?しゃべりたくないの?

声ナシ

・・・。

土屋

ん?・・・ああ、そうか。えーと・・・しゃべれないの?

チーンと一回

土屋

やっぱり、一回がはいね。二回がいいえ、だね?

チーンと一回

土屋

あ、そう・・・ご愁傷さまです。いや、ふざけてないよ。職業柄、ね?

ガコン ギギギ と解体作業は続いている

土屋

えーとね、何か用かな?

チーンと一回

土屋

用って言われても、ねえ・・・道、聞くとか?お茶、とか?ん?

チンチンと激しく二回

土屋

違う。やっぱり。あ、そう。じゃあ・・・分からないや。ごめんね。それでは最後のお別れを・・・あ、いや、ごめんね。職業柄・・。

チーンと一回大きく大きく

土屋

え?どこで?今どこで「はい」の返事をしたわけ?

ガコン ギギギ と解体作業は続いている

土屋

あ・・・もしかして「職業柄」のところ?お葬式ってこと?それが用?

チーンと一回大きく鳴り響く

土屋

お任せください。うちはなんでも供養しますから。どんな物でも。あ、今これ仕事の顔ね。で、何を?人?

声ナシ女、チンチンと二回

土屋

ぬいぐるみ?

声ナシ女、チンチンと二回

土屋

だね。りっぱな大人だしね。じゃあ、品物?洋服とか、たんすとか、テーブルとか、椅子とか、ベッドとか、もう使わないレコード盤とか、白黒テレビとか?

声ナシ女、チンチンと二回

土屋

ん?その、供養したいもの今持ってる?

チーンと一回

土屋

じゃ、出して。

声ナシ

・・・。

土屋

早く。出してもらわなきゃ供養できないよ。

声ナシ

・・・。

土屋

ないの?

チーンと一回

土屋

ん?もう失くしてしまったものを供養したいってわけ?

チーンと一回

土屋

失くしたもの、ねぇ・・・。

声ナシ

・・・。

土屋、声ナシ女を眺めた

ガガガガガ と、ずっと続いている解体作業の音

土屋

あ・・・。

土屋、また気がついた

土屋

・・・声・・・?

チーン 悲しく鳴った

土屋

・・・初めてだな・・・いや、できる。できます。やります。じゃあ、明後日のお昼に・・・。

チンチンと二回

土屋

ん?駄目?つまってるからねぇ。今ここでやっちゃおうか?なんてウソ。ちゃんと祭壇組みますからね・・・。

チーンと一回

土屋

今?

チーンと一回

土屋

ここで。簡易葬儀になるけど。あ、そのかわり一万円ポッキリ。ご利用しやすい値段設定です。坊主は代わりに僕がすることになってますから。はい、それでは黙祷です。って、ねぇ、あなたずっと黙祷してるようなもんだけど。失礼。念じてくださいね。成仏してください。成仏してください。心で唱えてくださいね。なーむー・・・思い出しながら、懐かしみながら、今までありがとうと思いながら・・・それでは最後のお別れを・・・。

チーン、チーンと声ナシ女はゆっくりと鳴らす

解体作業の音と混じって音楽のよう

土屋は合掌しながら、ふと耳を澄ます

仏具の音に混じって、解体作業の音に混じって、何か聞こえてくるのだ

土屋

ん?

土屋はもう一度耳を澄ます

土屋

その音にまじって、かすかにかすかに、聞こえてきた。それは誰の声だったんだろう。それはきっともう、ここにはない声。失ったはずの声。チーン、チーンと響いて鳴る音。ガガガガ、造られた物が壊れていく音。その向こうに、かすかに鈴が転がるような、きれいな、當銘イナ声。ハミングをするような、鼻歌を歌うような・・・声・・・空に吸い込まれた。

土屋

あ・・・、空に昇ってる・・・ほら、煙。火葬したわけじゃないのに。え?なんで?どして?

チンチンと優しく二回なる

土屋

ああ、そっか。あれ、解体作業のコンクリの砂煙か・・・でも・・・聞こえた?さっき聞こえたよね?

チーンと、また優しくなった

土屋

やっぱり、最後は空に還るんだ・・・。

土屋と声ナシ女は空を見た

同じように空を見上げて、

土屋

それは、僕はまだ僕が神様を信じていなかったころのこと。僕は空に昇る声を聞いた。

魂は、やっぱり空に還っていく

おわり