385話(2003年8月15日 ON AIR)
「本家本物遺書管理委員会」
作/樋口 美友喜
 
ガタンガタン 環状線はぐるぐる回る
京橋、梅田、天王寺、そうしてまたもとに戻ってくる
電車の車内アナウンスだけを聞いていると、まるでチューナーの合っていない電波のようできれぎれに人々の声、学生たちの笑い声、洩れるウォークマンの音、カーブを曲がる電車の揺れ、時々なる携帯電話、それらが耳にはいってくるその音は、まるで本当に聞こえてくるように鮮明だ

ピアス ガタンガタン、環状線はぐるぐる回る。京橋、梅田、天王寺。昨日と変わらず、 明日もあさっても、そのレールは永遠にぐるぐると回っているように思える。電車内は、まるでチューナーの合っていない電波のようで、きれぎれに人の声、学生の笑い声、洩れるウォークマンの音、時々なる携帯電話。人が息を吐いては吸う、その分だけ、人々の物語で埋め尽くされている。生きている物語はやがて人々の遺書へと変わってこの本棚へと並べられる。さぁ、次は誰の物語を生きようか?そう思っても、誰の物語も、実はそうさほど変わりない、同じように環状線なんだと知って、もう絶望しかなさそう。

ピアスで耳をはらした若い男がその店で誰かの遺書を読み上げている。

何勝手に読んでんの?
ピアス …あ?
立ち読み禁止。買ってから読み
ピアス ああ、はいはい。って、いったぁ!何すん…

どうやら女に頭をはたかれたらしい おんなはいつでもくわえタバコ。

何?その右手。万引きしたら警察突き出すで。
ピアス うざ…
18歳未満お断り。入り口に書いてあったやろ。帰り。
ピアス 今年で18.
帰り。ピアス5つ以上開けてるのもお断り。ズボンずらして穿いてるのもお断り。男のくせになんや香水の匂いするのもお断り。はい、お帰りはあちらです。
ピアス ちょっと、ちょっとそこまで入り口に書いてなかったやん。それ、まんま俺やん。
うちはお客を選ぶの。子供は相手にしたないねん。ひやかしにばっかりくるんやから。
ピアス 本家本物遺書管理委員会。
何?
ピアス 看板。環状線乗ってたら見えたから。
だから?
ピアス 絶対誰かのつくり話しやと思ってたから。
ほんで?
ピアス ほんまにあるなんて思わんくて。
要するに、何?
ピアス 遺書、書いてきてん。

女はピアスが差し出した紙を乱暴に取り上げる。

ピアス あっ!!勝手に読むなよ!
あほか、読まへんかったら査定できへんやろ。
ピアス そっか。
しょぼいな。10秒で読めたわ。もっと細かく自分の人生モノ語らな。こんなん100円にもならんわ。
ピアス 別にお金はいらん。遺書をここに持ってきたら「俺」が「俺」をやめられるって噂聞いたから。
ほんで、あんた自分の人生売った金で、次の誰かの遺書でも買う?それともそのまま靴そろえて死ぬ?
ピアス まだ、決めてない。ただ自分をやめたかっただけやから…いや、1回やめてみたいって感じかな…

女、タバコを吸って、思い切り吐いた

あんたが、さっき読んでたあの遺書。
ピアス ああ?
何度も何度も繰り返した…
ピアス え?
何度も新しい誰かの人生を買って、でもやっぱり満足できひんくて、また誰かの人生買う。そのうち自分が誰かわからんくなって、名前も分からんから、お墓はななしのお墓に入るしかないみたい。そういう人を知ってるわ。そんな風になってもいいんやったら誰かの遺書でも買ったら?

もう一度、タバコを吸って、大きく吐いた

なぁ、なんで誰もかれも、そんなに自分をやめたいんやろうな。この本棚につまった遺書の分だけ自分嫌いがおるねん。

ゆっくり息を、女は吐いた

ピアス それ、誰の話し?
さぁ、誰の話しやろ…

ななしの女はにやりと笑った

                                                 おしまい

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