424話(2004年05月14日 ON AIR)
「教訓に満ちたある女の一日」
作/ごまのはえ
 
  一人暮らしの女の部屋
女 朝起きると。なにもすることがなかった。もう十一時。リサ・ローブを聞きながら「動物のお医者さん」を読む。読んでいるうちにお腹がすいてきたのでトーストを一枚、ジャムを塗る。紅茶を入れて、あぐらをかいて飲む。今日中にやっておかなきゃいけないことは…もう一度考えたが、やっぱり何もない。窓の外はあまりにもいい天気だ。そうだ!と思って紅茶にジャムを入れたみたがあまりいいアイディアではなかったようだ。おいしくない。
することがない。
ほんとうにすることがない。
ティシャツを買う…ほしくない。レンタルビデオ…それもどうだか。昔の友達に電話…結婚式いってないしな…。
大人になるのもつまらないものだ。こんなに時間があるのにすることがない。したいことがない。もう一度寝ようか考えたけど、寝すぎで腰がいたい。贅沢な話だ。立ち上がって、窓をあける。近所の子供がかくれんぼしてる。まだ十二時。私は声に出して言ってみた。
「あーあ。恋の予感のかけらもねーな」
  女のベランダの室外機の裏にかくれていた男が声を出す
「え?」
「え!」
「あ、すいません」
「なにしてるんですか?そ、そこ家のベランダですよ!」
「シー!静かに!」
「は?け、警察呼びますよ!」
(小声で)「ちょっとだけ!」
「はやくでてって下さい!」
  そのとき遠くの方で子供の声
子供の声 「たけちゃんみっけ!」
「うわ!しまった!」
男はそういって走り去る。女はすぐに窓をしめる
「…え?」
  女は笑い出す
  なんだあの男は。何をしてるんだ。かくれんぼ?あのトシで?気持ち悪いというよりむしろ笑えた。あのトシで近所の子供とかくれんぼ?学生か?でもなかったよな。あーゆう大人もありなのか?仕事は何をしてるんだろう?ヘンなヤツ。ちょっとあの人に似てたな、なんて人だっけ、歌舞伎の、なんとかって人の息子。うーん。思いだせん。もういっぱい紅茶をいれながらも、あの男のことが頭から離れない。ベランダの室外機の裏に隠れていた男。白いティシャツ。長い顔。ジョニ・ミッチェルの少し明るめの曲でも聞こうとCDラックをかき回していたら、電話が鳴った。
  電話の音
  きっと母からだ
  女は受話器をとる
「はい、もしもし…」
  やっぱりそうだった。母だった。用件も思ったとおり。妹のことだ。去年結婚した妹は今年になって離婚の危機らしい。妹の旦那は小学校の先生をしている。人あたりがよくなかなか熱心な先生らしいが、私は嫌いだ。喋り方が丁寧すぎて馬鹿にされたような気になるからだ。母は言う。妹の話を聞いていたら妹がかわいそうに思えるし、旦那の話を聞いていたら妹が悪いように思えるし。私には目に浮かぶようだ。言葉足らずの妹をあの旦那が丁寧に丁寧にやり込めている様子が。修行が足らんな、妹よ、その手の男は言葉の使い方を知っている。どんなことでもなんとでもいえることを知っている。その手の男は自分より少しだけモノを知らない女にメチャクチャ強いのだ。もちろん母にはそんなこと言わず適当にあしらって電話をきる。時計をみると十二時半、ヨーグルト食べようと冷蔵庫をあけたら玄関のチャイムがなった。
玄関のチャイム
「はい」
  玄関のドアを開ける音
「あ、さっきはどうもすいませんでした」
「あぁ…」
「あの…」
「なんのようですか?」
「さきほどはすいませんでした」
「それはわかりました。もうやめてくださいねあんなこと」
「はい。あの…」
「なんですか?」
「かくれんぼだったんです。近所の子供に遊んでくれって言われて、つい本気だしちゃって」
「あの、すいません。出かける用事があるんで…」
  と嘘をついて私はドアをしめた。ヨーグルトを取り出して、たべる。少し考える。でもはっきり言える。いくら近所の子供に遊んでくれって頼まれて、つい本気をだしてしまったとしても、ヨソのお家のベランダの室外機の裏に隠れるのはやりすぎだ。分別ある大人はそんなことしない。うん。しない。絶対に、しない。
ヨーグルト食べ終わりもう一度リサ・ローブをかける。まだ一時にもなってない。
  外はほんとにいい天気。
今日はほんとに、何もすることがない。


おわり
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