432話(2004年07月09日 ON AIR)

「少年ハイヒール」

作・樋口美友喜
バン、とタクシーのドアが開いたかと思うとポイっと放り出された女
ちょっと、ちょっとぉ!
呼ぶ声聞かずにサァっとタクシーは走り出す
ケチくさいのよ!きっちり2,873円のところで降ろしやがって。出したじゃない。財布の中身全部全財産。私誠意見せたよ、なら誠意で返しやがれ。あとワンメーター分くらいオマケしたらどうよ!?サービス向上するんじゃなかったのか?ありがとうございましたって言うんじゃなかったのか?斉藤!下の名前忘れちゃったけど苗字覚えたからね。へい、タクシー!
キキっとブレーキ  チリンと軽やかなベル
少年
人力になりますけど。
…って…通らないし、こんな道…通らないし、こんな時間…
女、少年の言葉を無視してカツンカツンとヒールを鳴らす
少年
大丈夫、ボロイけど結構走るからこの自転車。
まずったなぁ、このヒール。買うんじゃなかった。
少年
ヒール5cm以上だと外反母趾になる確率何%か知ってる?
あー…足、いたぁい…歩くのキビシー。
少年
ちょっと。
でもしょうがないかぁ。
少年
おねーさん、無視?
女、少年の言葉を無視してカツンカツンとヒールを鳴らす
少年
乗ってかない?おねーさん。
女、少年の言葉を無視してカツンカツンとヒールを鳴らす
少年
行くアテ決めてるわけじゃないし、おねーさんの家の前まで寄り道しても構わないから。
女、少年の言葉を無視してカツンカツンとヒールを鳴らす
少年
ていうか、二人乗りってのが一度してみたくて。
女、少年の言葉を無視してカツンカツンとヒールを鳴らす
少年
やったことない事ばっかりやってみようかなってこの夏実行中。
女、少年の言葉を無視してカツンカツンとヒールを鳴らす
少年
ね、おねーさん。
無駄よ、無駄。
少年
あ?
どうせさっき全財産使い切ったとこだから、巻き上げるモンなんてひとつもないし。取ってほしいのはローンくらい。強姦目的なら、いっそのこと結婚してちょうだい。ついでにブスっと刺せるもんなら刺してみな。ヒールで踏みつけたげる。
少年
おねーさん。
結構。
少年
かえっこしない?
は?
少年
その、歩きにくそうなのと。
…何を?
少年
この自転車。かえっこ。
はぁ?
少年
二人乗りはあきらめるから。その代わり。
ハイヒール?
少年
まだ履いたことなくって。初ハイヒール。踏まれるより、履くほうが興味あるし。色んな初体験は夏に実行って決まってるでしょ。
すりきれちゃってるヒールで、私は得だけど、アンタの自転車、もったいなくない?
少年
これもかえっこでもらったモンだから。
は?
少年
右足から失礼します。
]
やっだ、足首つかまないでよ。
きっと少年がひざまずいたりしてヒールを取ったんだろう
少年
あ、これも初めてだ。
え?
少年
昔、絵本で見たことあって、何だ?ディズニーとかでもあったっけ?女の子が好きそうなやつ。
こんな年食ったシンデレラいるか。
少年
え?
別に。
そっと、少年、履いてみた
少年 ・ 女
あ。ぴったり。
華奢な足。
歩きにくそうなヒールの音が夜に響く
ねぇ、アンタ。これからどこ行くの?
歩きにくそうなヒールの音が夜に響く
少年
人がいらないものと、僕のもってるものをとっかえて、旅はまだまだ続くのでした。
歩きにくそうなヒールの音が夜に響く
少年はどんどん歩いていく、どんどん遠ざかる
見送る女、ふと足を見た
あ。路上で裸足。初体験だ…
チリンと、軽やかにベルが響く
歩きにくそうなヒールの音が夜に響く
おわり