458話(2004年12月31日 ON AIR)
「なかなか始まらないスポーツ」
作/上田 誠
男:
アナウンサー
女: 解説者(元選手)
 
  国立競技場。
観客の歓声とか。
試合開始のホイッスル。
さあ、ただ今ホイッスルが吹かれました。
そうですねえ。これはもう、因縁の対決ですからねえ。
はい、シルバニア対ペナン共和国。まずシルバニアからのボール。これをいかにしてを進めていこうかというところなんですけども、
ここは見ものですよねえ。
指示を出してますねえ。シルバニアのキャプテン、ボリスキー。攻めあがる前に、チームメイトに指示を出してます。
はい。
男  他の選手も、これを受けて、力強くうなづいております。
……ここ失敗するともう、全部崩れちゃいますからねえ。
そうですねえ。
ここで変なボール出すと、流れが全部相手に行っちゃいますからねえ。
なんとか主導権を握りたいところ。ここはやはり慎重に行きたいと、いうことなんでしょうか。まずは第一手どう出るか。
……緊張感走ってますねえ。
スタジアムは今、大変な緊張に包まれております。34000人の観客が、固唾を呑んで、ボリスキーの動きを見守っております。さあ、動くか。
  間。
……まだ動かないですねえ。
動かないですねえ。
色々今、出方をうかがってるんですよ。
なるほど。ああ行こうか、はたまたあっちに攻めようか。
この辺、完全に相手との、読みあいですからねえ。
じゃあ今、ペナン側の選手たちも、かなり集中してる状況なんですね。
もうだって、あらゆる攻撃に対処できるように、キープしてないとダメですからねえ。
なるほど。我々観客のうかがい知れぬところで、静かな攻防が繰り広げられてるわけると。いうわけで、
(ボリスキーがちょっと動いたので)あ。
おっと?
  間。
……(しかし動かない)あー。
始まらない。
まだ始まらない。
伺いますねー。
ずいぶん慎重に行ってますねえ、ボリスキーは。
今行くべきか。はたまた今行くべきか。……まるで飛行機のりが風を読むように。
ボリスキーは、今まさに、試合の流れというか、空気を。読んでるというところなんでしょうか……。
動かないボリスキー。緊張感がこっちにも、伝わってまいります。
これ今、大変な熱気ですよねえ。
これって、ないんですか? 審判から何か、早くしろみたいな……。
あー。
指導みたいな……。
そういうのはないんですよ。
ないんですか。
プレー開始のタイミングは、完全にプレイヤーにゆだねられてますから。
なるほどー。すべてじゃあ、ボリスキーが司ってると。
ええ。彼が始めないと、ずーっとこのままなんですよ。
はあー。……動かない。動かないボリスキー。まるで不動明王のように動かない。
その目は、どこを見つめてるのか。遠くシルバニアの生まれ故郷、貧しくてスープだけを食べて育ったという。
ボリスキーは今、ようやくこの地を踏みしめて、何を思うのか。ボリスキー。
  間。
……これ動く気配ないですねえ。
動いてほしい、いい加減動いてほしい。だんだん実況することもなくなってきた。さあ動け。ただ今、国立競技場からお送りしています。気温35度。
動かないですねえー。




END
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