458話(2005年1月7日 ON AIR)
「路上スリップ」
作/樋口美友喜
 
  プァ プァーンとクラクションの音
ごろ寝 …やかましな…
  路上にごろ寝した男が小さくつぶやいた。
また クラクションがなりひびく。
ごろ寝 やかましわ…
  またポツリとつぶやく。バァンとドアのしまる音、
少しあわてているみたい。
ごろ寝 ほっといてえな、もお…
大丈夫ですか?呼びましょうか、救急車。貧血?車にひかれた?
持病?ちょっと…ちょっと!? ややややややだ、どしょどうしょ、
ちょっと!誰かー!?
  “ちっ”とごろ寝は舌をならした。
女  …え? …あ?…ん? 今…
  かたまる女、さらにもう一度“ちっ”と舌をならすごろ寝
ちちちちっ…て、今ちって言いました?ねぇ、ちょっと 今ちって…!
ごろ寝 やかましなぁ…
  ごろんと寝がえりをうってポツリ
あれー…、おかしいおかしい、ここここの状況…
ごろ寝 もお、ほっといてえや。
ほっときたいし、かかわりたくないけど、人の親切を、ちって言う?
ごろ寝 何がやねん。
えーー、だだだって、だって、たおれてるのかなって、ムシしていく
わけにはいかないし、
ごろ寝 ムシしていってくれてよかったのに。
えーー、だだだって、だって、こっち車で、お宅がここで寝っころ
がってたら、私、通れないし…
ごろ寝 どこまで行くん?
むこうの大通りまで。
ごろ寝 じゃ、むこうの一通から大まわりしていったらええやん。
そうか、大まわりして…って何で?たおれてるわけじゃないなら、
そこどいて。
ごろ寝 どこで寝ようが勝手やん。
勝手すぎる。ここここここ、
ごろ寝 はー?何て?何て?
ここ、路上。車の通り道。じゃま。どいて。
ごろ寝 アカン。
あのねえ!
ごろ寝 アカンねん。
  と、少し言葉が沈んでる
…何が?アカン…の?
  使いなれていない大阪べんを使ってみた女
ごろ寝 おきあがる、気力が、もう、アカンわ。
え…?
ごろ寝 ツルンって すべったら、あおむけに、空見えて、そしたらコンクリートも
つめたいし、見上げたら空広いし、このままちょっと耳すましたら、
ガリガリゲー、地面から、何やコレ?地球の回る音も聞こえてくるし、
…お宅、おもいっきりコケたの?頭、うった?
ごろ寝 コケたことは、大したことちゃうねん。ただ、もう、おきあがる気力がない。
…お腹、すいてるの?
ごろ寝 ちゃう、ちゃうねん。今まで、がんばったんやけどなぁ、何か、
1回コケたら、空が広いのに、やられてもうた。コンクリートの
つめたいのに、やられてもうた。ガリガリゲー、地球の回る音に、
やられてもうた。あーー…やられた…。
お宅、大阪から来たの?
ごろ寝 …帰ろかな…でも、まだ、もうちょっと、空見とく。もうちょっと…
  女、きっと同じように寝そべってみたのだろう
あ…ホント、コンクリートって、つめたい…
  プァ プァーンと次の車がクラクションをならす。次の車も、
また次の車も。ごろ寝を先頭に、次々と都会に車の渋滞が
増えていく。目的地につけない人々がどんどん増えていくのだ。


おしまい
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