486話(2005年07月22日 ON AIR)

「蕎麦の実」

作・山口 茜(トリコAプロデュース)
今日はバーゲン戦争。
お母さんがもみくちゃになっている間に、今日はこっそり隅っこに置かれた観葉植物に話しかける。
ブータコ・サンチョリーナはお疲れのようであった。
私はその事を、彼の顔色からすぐに察してしまった。
すこし話したら帰ろうと心に決め、
いつものように私は口笛を吹いたのであった。ぴゅう!
ぴょう!
ぴゅう!
やあ!
サンチョはいつも頭に怪我をしていたので、白い包帯が目印だった。
出逢った頃はいつ包帯がとれるのか楽しみであったが、
それからもう半年もたって包帯は取れずにいた。
しかし彼は、自分が白い救急車に乗ったことも、
大きな病院に運ばれたことも、少しも自慢しないのであった。
それからその枕をどうしたんだい。
中身をぶちまけちゃったの、部屋中に。
おいしかったかい。
なにが?
蕎麦の実さ。
蕎麦の実なんて入ってなかったわよ。
ほんとに?
殻だけだった。ひとつ、食べてみたけれど。
食べたのかい。
実だと思ってたべたら、殻だったのよ。
その時の君の笑顔がみたかった!
サンチョの笑顔があんまりまぶしくて、
私は中々帰ると言い出せずに、長々とその場にしゃがみこんだ。
今日に限って話は、尽きないのであった。
私はずっと聞きたかった事をとうとう口にしてしまった。
ねえ、その傷は、いつ治るの。
この包帯の事かい。
うん。
治らないのさ、これは。
どうして?
ひとばん寝ると痛みがひいて、今日こそはと思い家を出る。
けれども戦争だ。そこら中で銃撃戦が繰り広げられ、
空からは爆弾が落ちる。
命を持ってこの戦場に立っている事が奇跡さ。
今日はひどい怪我をしたの?
どうして?
とても辛そうな顔をしていたから。
・・・さっき話に出てきた枕は、君のものかい?
あれはおじいちゃんのよ。
ならやっぱり、蕎麦の実が入っていたんだよ。
どうして?
おじいちゃんはその枕をもって、防空壕に逃げ込んだのさ。
そして中に入ってた実を食べて飢えを凌いだんだ。
おじいちゃん、戦争に行ったことがあるの?
あ、空襲が終わったぞ。
あの枕は、おじいちゃんを助けたのね。
じゃあまた。気をつけて。次の空襲で会おう。
サンチョは静かに目を閉じた。
向こうから戦利品を胸いっぱいに抱えたお母さんが歩いてきた。
私は蕎麦枕がどうなったのか聞いてみた。
お母さんは、なに言ってるの、全部掃除機で吸い取っちゃったわよ、
あれはもう、捨てたのよ。と言った。
私はレジへ向かうお母さんの後ろについて歩き出した。
そのとき、バーゲン会場から、誰かに倒され踏まれて、
ぺっちゃんこになったサンチョが運び出されていくのを私は見た。
サンチョ!・・・サンチョはうっすら開いた目で私のほうを見て、
なにか呟いた。いや、呟いたのではない、なにかを飛ばしたのだ。
ぴゅう。
小さな蕎麦の実が飛んできた。
サンチョはやっぱりまぶしい笑顔で私をみた。